ダウの歴史 投稿者:
ガラクマ 投稿日:2017/01/05(Thu) 21:40 No.10478 |
|
Re: ダウの歴史
エド - 2017/01/10(Tue) 23:30 No.10480 |
|
ガラクマさま 皆さま 今年も宜しくお願いいたします。 ダウエル光学の勃興と終焉は、さきのアナナイ教同様、面白いテーマかもしれません。 私も中学生の頃、仲間と「アヤシイよね〜」と言っていたんですが、その後もしぶとく営業をされていたと思います。 だいたい、こういった怪しい?ビジネスは2代は存続しえないのが常識と思います。 そう考えると、創業された方が没するまで存続したのではないかと勝手な想像をしていました。 ぜひ、創業と営業停止の間の期間を文献より推察してみてください。 ひょっとしたら本1冊、書けるくらいのドラマがあるやないや?? |
|
|
Re: ダウの歴史
タキ - 2017/01/11(Wed) 17:01 No.10481 |
|
Re: ダウの歴史
ガラクマ - 2017/01/11(Wed) 21:43 No.10482 |
|
Re: ダウの歴史
エド - 2017/01/12(Thu) 16:46 No.10483 |
|
ガラクマさま、タキさま、情報ありがとうございます。 ダウエルというのはドイツ語と見当をつけて翻訳機にかけてみると、”期間”という意味だそうです。 ウ〜ン、意味不明です。。。 広告から推察すると、昭和初期創業(創業と同時には広告は出せないのが常識ですので)ということになります。 最後の広告は平成になってからもあったのでしょうか? いずれにしても、創業者両氏が多少歳のはなれた兄弟ならば、お二人で60年以上営業できたのかもです。(勝手に想像しています) それにしても、左の広告はナント五藤光学と同ページです。たいしたものです。 値段を見ると2ケタ違いますが。。。 当時のお父さんの平均月収が100円ですので、五藤の数百円はすごい贅沢品です。(というか無理ですネ) 反対にダウエルの2〜5円というのも、少し安すぎです。(ターゲットが小中学生ということかな) |
|
|
Re: ダウの歴史
上板2丁目 - 2017/01/13(Fri) 08:44 No.10484 |
|
Re: ダウの歴史
(^0^)コメト - 2017/01/13(Fri) 16:23 No.10485 | |
|
|
ガラクマさん、上板2丁目さん、皆さんこんにちは
駄植エルと(^0^)は書いておりましたが、あながち間違いではなかったかと。。 (↑の意味は無駄を植え付ける。。どお?) |
|
|
Re: ダウの歴史
上板2丁目 - 2017/01/13(Fri) 20:31 No.10486 |
|
コメトさん、ご無沙汰してます。 ひっぽさんの『駄飢エル』てのもありまして諸説ぷんぷんでございます。 創業者が植田さんか植駄さん、あるいは飢駄さんなのか、誰かご存知でしょうか? ほとんど親父ギャグの世界ですが・・・・・ |
|
|
Re: ダウの歴史
原 - 2017/01/13(Fri) 21:37 No.10487 |
|
ダウエルDAUERのスペルの意味ですが、ネットの自動翻訳機能は不十分です。単語の意味は複数あることが珍しくありません。このケースも「期間」と類似した「継続」。そこから転じた「信頼」といった意味を併せ持っています。世間では50年間続かない企業が多い中、数十年以上事業を継続していれば「継続は力」で「信頼」と言って良いかも知れないのですが・・・ミラーと架台は信用できないなあ・・・アイピースは使えますし、レンズも意外と見えて驚く(ガッカリする?)のですが。 そういえばダウエル製10cmF12アクロマートレンズが眠ったままだ。何とかしないと。 |
|
|
Re: ダウの歴史
atoyan - 2017/01/13(Fri) 22:16 No.10488 |
|
久しぶりに顔を出します。 atoyan@○浜です。 「駄餓える」懐かしいです。70年代の天文ガイド誌の目次に近い黄色い紙の黒い印刷や後の方のちょっと紫がかった濃い青の印刷のいかがわしい赤道儀架台のB5いっぱいの宣伝など、今でも目に浮かんできます。 今考えると、それと同じくらい胡散臭かった掏摸伊媚一の宣伝も懐かしいです。 かつての天文少年の心を弄ぶ機材の数々、今となっては懐かしい思い出です。 駄文を綴っていて思い出したのは、この詐欺師まがいの二社の宣伝、当時のマンガ雑誌にも広告が掲載されていました。 社会現象にもなった劇画が連載されていた少年マガジン誌にも、この二社の宣伝が1/4ページで掲載されていました。 駄社の方は、四十ウン年の歴史をなんたらかんたらというお決まりの文句で、掏摸社の方は扱っていた望遠鏡のシルエットで広告していました。 当時小学生であった自分は幸いなことに○ビであったので、どちらの製品も買えなかったので被害を免れた次第。 ひどいことばかり書き連ねましたが、夢を与えてくれたことには感謝しています。 それに比べると最近のマンガ雑誌ときたら、いい歳こいても興奮するような水着姿のお姉さんののグラビアばかりで妄想は湧き起こっても、はるか無限の世界に誘う夢を誘うことはなくなりました。 年寄りの妄言で申し訳ございません。 |
|
|
Re: ダウの歴史
ガラクマ - 2017/01/13(Fri) 23:13 No.10489 |
|
|
タキさんご紹介のサイトにダウエルの語源、創始者のお話がありますが、私もそのように思っております。ご確認ください。
ところで、カタログ第5版をネットで見つけ、発注しました。戦前かもしれません。 近日、ご紹介できるものと思いますので、ご期待ください。
ところで、atoyan様のご紹介のように、天ガの黄色いページ、目次の裏がダウエル/成東商会の定位置でした。 ミザール、カートン、ビクセンは眼鏡屋さんとかデパートで買えるメーカーと違い、広告を見てこちらからアクセスしないといけないダウエルは、マニア界に共通の話題として語るに楽しいものと思います。 |
|
|
Re: ダウの歴史
エド - 2017/01/14(Sat) 18:11 No.10490 |
|
ダウエルや3Bの罪なところは、製品全部が全部ダメではなく玉石混交なところです。 以前、オクで3Bの接眼部のみ部品として入手したのですが、最近の中華ものを見慣れてしまった目には総金属製の真面目につくられたものと映り驚いた次第です。 考えてみれば総金属製は当たり前な時代だった訳ですが。。。 安かろう悪いかもヨ、という危なっかしい商売が長年成り立ったのは、昭和という時代だったからこそという気もいたします。 ご紹介のサイトでは3Bとはいっしょに論じるべきでないとしていますが、では、ダウエル社のどこに格調を感じさせるものがあったのか、、、ダウエルを肴にして一杯やりたい気分です。 |
|
|
Re: ダウの歴史
ガラクマ - 2017/01/14(Sat) 22:59 No.10491 |
|
Re: ダウの歴史
エド - 2017/01/15(Sun) 23:50 No.10492 |
|
ガラクマ様 たびたびの資料、ありがとうございます。 戦前、戦中、戦直後と、頻繁に住所を変えているのは、激動の時代を考えるとそれほど不自然なことではないと思いますが、自宅ではなく借家で営業をされていたと想像します。 文京区のそこら界隈は、小さな借家がいっぱいあったことは文学に興味ある方ならご存じと思います。 社名を度々変えるというのは、きちんと登記していない会社の証拠と言えるでしょう。 税金もきちんと払っていたかどうかは怪しいところです。 伯を付けるため?か、奈良女子大の先生とか有名どころの**学士さんとか広告の引合いに出されています。 このあたりの広告戦略?はまあ当時の常套手段とはいえ上手と思います。 カタログのscopeもドイツ語風にわざとskopeとして、当時の独逸寄りの風潮に乗っています。 でもなんかいちいち、臭いというか匂うんですよね。 3Bやパノップ**はダウエルのビジネスモデルをコピー、追従しただけともとれるのですが、 このようなあからさまな臭い手段をとらずに、ストレートに安悪ビジネスをしていたと思います。 場所も文京区という学術的な匂いのする場所ではなく、足立区なので我々子供でも簡単に見破れた訳です。 あとですね、昭和初期に創業されたのなら、戦時中の兵役とかはどうなったのか、という点があります。 創業時20代後半なら、日中戦争当時は40才近くになっているでしょうから、もう兵役は無かったかもしれません。それなら平成になった頃には相当なご高齢になっていたはずです。 最後の数年はもう奥様とか、ご親戚とか、影武者のように携わっていたのではないでしょうか。。。 |
|
|
Re: ダウの歴史
エド - 2017/01/16(Mon) 00:26 No.10494 |
|
カタログに謳っている”エナガラス”とはいわゆる独ツアイスのイエナのガラスということになりますが。。。 「本当カヨ〜」と言わざるえません。 そこまで言ってしまうと、いかに戦前でも冗談では済まない範疇になってきます。。。 |
|
|
Re: ダウの歴史
ガラクマ - 2017/01/16(Mon) 00:28 No.10495 |
|
Re: ダウの歴史
ガラクマ - 2017/01/30(Mon) 00:56 No.10517 |
|
行ってきました。近くの古い喫茶店でお昼をとり、おばさんから「レンズ屋さんね、妹さんがいるわよ」との情報を聞いて、お話を聞いてきました。 創業者様は吉岡駿(よしおかはやし)氏、九州出身で文京区湯島で大正時代に創業し、戦後に小石川に移り、この頃からは工場を板橋他に幾つか持ち多くの工員を雇う規模までなり、輸出も盛んにされていておりお宅も大きかったようですが、昭和38年に現在のところに移り、息子(娘婿)の朋康氏と切り盛りに忙しかったらしいですが、20数年前駿氏にお亡くなりになり店を閉じたようです。
こんども少し時間を頂き、詳しくお聞きしてきます。 |
|
|
Re: ダウの歴史
エド - 2017/01/30(Mon) 21:09 No.10518 |
|
ガラクマさま わざわざ東京のダウエル跡家に訪問調査、感謝いたします。 これで少しづつダウエルの謎が解けていくのが楽しみです。 WEB上で天ガを全部所有されている方が、ダウエルの広告のラストは’87年(S62年)12月と報告されています。 ということは、創業の吉岡駿氏がお亡くなりになってすぐに営業活動をやめたことになります。 光学の町”板橋”の名前が出てきました。。。我々が想像したよりちゃんと自社製造をしていたということになります。 「ダウエルの歴史」続編も期待して待っております。 |
|
|
Re: ダウの歴史
ガラクマ - 2017/02/02(Thu) 00:16 No.10519 |
|
Re: ダウの歴史
Shinba - 2017/02/02(Thu) 20:26 No.10520 |
|
二段目左端の頁内写真の説明は・・・・・ 「プレヤデス球状星雲」 頁内左上の「絶対信用出来る」がかすんでしまう
でも、でも、本当に在る?? ちょっと自信ない |
|
|
Re: ダウの歴史
もも - 2017/02/02(Thu) 21:16 No.10521 |
|
ガラクマさま、Shinbasさま、皆様 こんばんわ、ももで〜す。 プレヤデス球状星団ではなくヘルクレス座のM13だと思われます。 しかも、裏焼きのようですねえ〜 |
|
|
Re: ダウの歴史
ガラクマ - 2017/02/02(Thu) 21:39 No.10522 |
|
|
ダウエル→ダヴエル→ダウエルとある時期ウ→ヴになっているところがまた知りたいとこですね。 フランシスコ・ザヴエルとかけたかったのでしょうか。 それと「プレヤデス球状星雲」の真ん中が、破れたようになっているのは、紙が破れているのではなく写真がそうなってます。 何回も同じ広告載ってますが、文章も写真も修正なく、図太い方だったと推察いたします。 |
|
|
Re: ダウの歴史
エド - 2017/02/05(Sun) 12:17 No.10525 |
|
ガラクマさま また資料提示、ありがとうございます。 その雑誌広告を見ますと、昭和33年以降は”ダウエル光学機器製作所”が製造して、”成東商会”が販売しているかのように思えます。 実際は板橋の下請工場に協力依頼していたとしても、吉岡氏ひとりでやっていたようですが、、、 図らずも「図太い方」と言われていますが、今でもショーンKほどではないにしても、グレーゾーンのウソ誇張、”盛り”を平気でする人がたまにいます。(なんと私の職場にもいます) そういう人をそはで見ていると、計画的ではなく無意識にやっています。。。 本人は全く罪の意識が無いので、逆にタチが悪いというか始末が始末が悪いというか、、、 |
|
|
Re: ダウの歴史
ガラクマ - 2017/02/08(Wed) 20:33 No.10526 |
|
|
ご息女、御令孫の方からお便り頂きました。 ご丁寧なお返事を頂きましたが、お二人ともあまり家業に興味がなかったとのことで、情報は残っていないということです。 が、看板とシール他を頂きました。 お孫さんはIT企業のCEOということです。ありがとうございます。 またまったら、またみなさんにもご報告いたします。
|
|
|
Re: ダウの歴史
元古書店主 - 2017/02/08(Wed) 22:57 No.10527 |
|
え、え、え(・_・;)
ガラクマさま、あの成東商会の表に掛かっていた看板を入手されたのですか! これはもう究極のアイテムですね。 「ダウエル」シールは鏡筒に貼ってあるあのシールでしょうか? いや、凄いもの見せていただきました。(昔、文京区のお店で見て以来です) |
|
|
Re: ダウの歴史
エド - 2017/02/09(Thu) 00:30 No.10528 |
|
いやあ驚きました!金看板をゲットとは、、、望遠鏡博物館の新ジャンル展示物ですね。 次は「日本精光研究所」、その次は、、、 それにしても60年くらい営業されていた会社にしてはちょっと寂しい?ではないですか? ダメダメミラーとか、カックン赤道儀とかもっといろいろ残っていなかったのでしょうか? ところで、その看板の”機器製作所”が黒く塗られていますネ。 創業の吉岡氏はかなり”移り気”な方だったようですね。 ハレー彗星が去って望遠鏡業界が衰退しましたが、吉岡氏は良い時期(期間)にビジネスをされていたと言えるでしょう。 ご遺族さま達は継ぐ意思も無ければ、ほとんど生業に興味も無かったというのも、なんとなく肯ける話です。 |
|
|
Re: ダウの歴史
ガラクマ - 2017/02/09(Thu) 20:16 No.10529 |
|
|
何もお願いはしておりません。ダウエルへの思いをお会いして、またその後にお手紙でお伝えしたところ、ご親切に、設置されていたものは剥がして送っていただきました。感謝感激です。
本日、お礼の電話をしたところ、まだ頂けるものがあるとのこと、またお邪魔したいと思っております。 |
|
|
Re: ダウの歴史
もも - 2017/02/09(Thu) 20:57 No.10530 |
|
ガラクマさま・みなさま。 すごい!! 日本三流光学産業遺産に認定ですね。 |
|
|
Re: ダウの歴史
原 - 2017/02/10(Fri) 22:17 No.10531 |
|
い、一瞬、ガラクマさんが「道場破り」をしたのではないかと思ってしまいました。。。(おいおい) |
|
|
Re: ダウの歴史
もも - 2017/02/10(Fri) 22:34 No.10532 |
|
こんばんわ、ももで〜す。 「ふっふっふ〜なんだ、もう少し手応えのあるやつはおらんのか?」 「それじゃあ、この看板は俺様がもらっていくぞ!」 って感じかな? |
|
|
Re: ダウの歴史
上板2丁目 - 2017/02/11(Sat) 13:33 No.10533 |
|
Re: ダウの歴史
時の旅人 - 2017/02/11(Sat) 14:01 No.10534 |
|
ガラクマさん、古スコマニアの皆さん、ご無沙汰しております。
掲示板を拝見しておりますと、皆さん老いて益々マニア度が上がっていてお元気であり何よりです。
しかし、ダウエルの看板ゲットとは凄すぎます。よ〜し、本物かどうか今度ダウエル光学へ行ってみますね(笑い)
創業者吉岡さんの妹さんは、この方ではと思ってますが個人情報に関係するので、明記はいたしませんが、 ダウエル光学と同じ住所にあるケーキ屋さんの創業者ではと思っています?
それと残念な情報ですが、パノップ光学の看板はゲット出来なさそうですよ。
「ひとつの聖地消滅か?」 http://blogs.yahoo.co.jp/hoshisukiyo/42665141.html |
|
|
Re: ダウの歴史
ガラクマ - 2017/02/11(Sat) 14:52 No.10535 |
|
Re: ダウの歴史
時の旅人 - 2017/02/13(Mon) 21:51 No.10538 |
|
Re: ダウの歴史
ガラクマ - 2017/02/13(Mon) 23:48 No.10539 |
|
|
時の旅人様 ありがとうございます。 実は、お話をお聞きして、少し驚いていたのですが、やはりでしたか。 来月か、再来月にお礼に出向きたいとは思っております。 |
|
|
Re: ダウの歴史
ガラクマ - 2017/05/27(Sat) 23:03 No.10630 |
|
今日、お礼に行ってきました。 そしたら、コンデンサーレンズとかシリンドリカルレンズとか、こんのどこに収めていたのでしょう?ってレンズいろいろたくさんご厚意でいただきました。 その中でアイピースも入っておりました。SR4o、MH5oなんかは売れ残ったのでしょう。 K40oはいいですね〜。ありがとうございました。
|
|
|
Re: ダウの歴史
青色つきこ - 2019/08/25(Sun) 11:41 No.11999 |
|
みなさま、こんにちわ。
ダウエル情報も追記しておきます。
光学普及社として、大日本光学工業会の会員になっています。
因みに、五藤研究所は経営権を譲った五藤斉三氏の個人会社。 五藤光学研究所は、経営者が五藤氏から替わっています。 この後、富士フイルムと合併し、玉川光学でしたっけ。
戦中も広告は出しています。
|
|
|