戦前の カールツアイス 8倍30ミリ双眼鏡

 戦前のカールツアイス双眼鏡といっても、残っている台数はかなりあると思われるので、極端に珍しい存在ではないと思いますが、やはりそれでも珍しい部類の双眼鏡です。
 この双眼鏡については、いろんな本や雑誌で語り尽くされているような感じがするので、改めてその詳細をここで御披露するつもりはありません。ここでは感触とか使用感とか、個人的感想を記しておきます。

 形は典型的なツアイスタイプで、誰でもが思い浮かべる「これが双眼鏡だ」といったカタチをしています。然し、ちょっと違っている点があるとしたら、接眼部が現在の8x30に比較するとかなり大きい事です。これは通常のケルナータイプの接眼レンズを採用しているのではなくして5〜6枚のエルフレタイプを使っているせいだと推測されます。それだけに8x30としては特別に重量感を感じます。
 レンズはすべてノーコートです(コーテイングがされていない)。コートは戦後の技術なので当然です。従って、ノーコート自体が戦前の製品である事の証明だと考えてよいでしょう。
 コーテイングはレンズを通過する光のロスを防ぐので、その分だけ明るく見えるのですが、薄暮のような特別の条件下でない限り通常ではあまりその恩恵を感じ取る事はありません。逆に、コーテイングには色がつくので、場合によってはそれが視界の色彩に影響を与え妙な見え味になる事があります。一般的には、光が緑色のコーテイングをしたレンズを通過して眼に届くと、その補色、つまりこの場合は景色の色が逆転して赤味を帯びて見えるようになります。逆に赤のコーテイングでは景色は緑色を帯びます。
 ところが、このツアイスの双眼鏡はノーコートですから、景色は見事な[天然色?]に見えるのです。これは驚きでした。現在の光学器械でノーコートの器械は皆無に近いので[天然色]の景色を見る機会は殆どありません。勿論、コーテイングが設計値通りの数値で処理されてあれば理屈の上では色彩の乱れは発生しないのでしょうが、そのような理想的な器械には残念ながらお目にかかった事はありません。
 

 いずれにせよ、このドイツの双眼鏡は双眼鏡の「元祖」なので、作り全体が実に見事に丁寧に仕上っています。例えば、当たり前とはいえ、ボデイをカバーしてある革張りはビニールではなく本物の牛革なので、緻密に巻かれた革張りの触感には独特の柔らかさと馴染み易さを感じます。又、要所に使われているビスのスリワリは当初は一定方向に向くように方向を決めて締め付けられているのだ---とか、何かで読んだ覚えがあるのですが、さすが、この双眼鏡ではそこまでの配慮はされていませんでしたが、仮に、そうされてあっても少しもおかしくないような、職人の風情を感じさせる完璧な双眼鏡でした。本当に、工場で大量生産された製品ではなくドイツ人のマイスター魂が込められた至高の手作り器械、といったイメージがします。
 なお、ケチをつけるわけではありませんが、覗いた限りではデストーション(10パーセント位?)はあります。又、球面収差も結構目につきます。従って完全無欠の製品ではありません。然し、製品は常に使用目的によって仕様が決定されるのだと考えられるので、その範囲内で徹底的にレベルの維持が検討がされた筈です。それで良いのだと思います。
 

Carl Zeiss  Jena  8x30
Deltrentis 1253746



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