双眼鏡ひとくち知識-3

双眼鏡の組立て----光軸を出す。

 双眼鏡の組立て作業で最大の難関がこの[光軸出し]の作業です。この作業はどのように機械が発展しようと人間でないと出来ない仕組みになっています。

 双眼鏡では、左と右のそれぞれの望遠鏡が完全に平行に取り付けられないとダメです。平行度が狂っていると人間の両眼では長く覗いているうちに頭痛がしてきます。人間の眼はあくまでも平行度には超敏感でゴマカシは許されないのです。

 左右の望遠鏡が、仮に多少光軸が狂っていたとしたら、そして、それだけであれば、二本の望遠鏡の中の、レンズでもプリズムでも、どっかを僅か動かしてやれば、簡単に調整は可能です。狂っているかどうかは投影器にかければすぐ分かるので、それだけであれば別に問題はありません。

 問題は、まず双眼鏡の軸には上記の「二本の光軸」と、もう一つ別に、鏡体(ボデー)の中心を通る「中心軸」があって、それを合わせて三つの軸があることを知って下さい。中心軸とは、使用時に自分の目の幅に合うように双眼鏡を折り曲げるようにして合わせますが、その中心になる軸の事です。大部分の双眼鏡は鏡体の真ん中にある細い軸で両方の望遠鏡をその軸を介在して繋いでいる構造になっていますが、その細い軸が中心軸です。

 双眼鏡の光軸は、それぞれの望遠鏡がお互い平行を保つと同時に、中心軸に対しても平行でなければなりません。ここが大問題なのです。調整前の双眼鏡で、ある眼幅で平行であったとしても、鏡体を広げたり狭めたりすると、途端に光軸が狂ってしまっておかしくなります。右の目の真ん中に遠くの電柱を入れて見ても、左の目では真ん中ではなくてどちらかにズレて電柱が見えてしまう、つまり二つの電柱が別々に見えてしまいお互いが重ならないので、狂っているのがすぐ分かってしまいます。

 調整は、まず、狂ったままの双眼鏡を投影器に乗せ、スクリーンに写った左右の像を見て、鏡体を広く狭くいろいろと曲げながら、左右の像のズレが一番大きくなった箇所で、左右のどちらかのレンズ又はプリズムを動かしてズレを小さくします。

 この状態で、もう一度鏡体を曲げると、逆の方の光軸が大きく狂うのが普通です。次にその大きく狂った方のレンズ、プリズムを動かす事で両軸の狂いを先程より少なくする事が出来ます。

 それを繰り返す事で、少しずつ両方の光軸のズレを小さくしていきます。

 こういう仕事を、よく「攻めていく」と表現しますが、双眼鏡の光軸調整も「攻めていく」仕事の典型例かと思います。

 慣れてくると、どのレンズ、プリズムをどの方向にどれだけ動かせば合うようになるか、アタマではなく身体で覚えるようになってくるものです。

 ----と云う事で、結局、双眼鏡を完成させるには、最終的には人間の熟練度に負う事から逃れられない、そういう宿命を持つ製品である、という事が言えると思います。

 双眼鏡には、いろんな形式の機種があって、それぞれ違った方式で調整をしますが、基本的には、左右の光軸をプリズム、レンズのどちらかを動かしながら少しずつ攻めていって光軸を出す、と、この基本作業手順には全く変わりません。

 光軸を完全に平行にする、と云っても、製品ですから、当然そこにはクリアランスがあって、その範囲の誤差は許されています。細かい数字を羅列するのは別にして、大雑把に云えば、最終光軸が内側に向かって狂っている場合はかなりの範囲でOKとなります。 人間の目は両眼を内側に寄せて近くの物体を見る事が可能なように、内側に向かってはかなり大きく動くので規格も当然内側には緩い数字で決められています。一方、外側、及び上下の差については相当に厳しい数字が設定されてあります。人間の眼はそれぞれが単独では外側及び上下には動きません。従って、当然ながらその方向には厳しく誤差ゼロを目標とするというのが普通です。

 光軸のズレの範囲は、口径や倍率によって違ってきますが、その昔は約300メートル離れた風呂屋の煙突一本分の幅、その幅が内方の誤差(内側に向く両軸のズレの限界)だとされていました。それで大体角度で3分程度のズレであったと思います。

 この程度の誤差を寸法に直してそれを機械で自動調整させようとしても不可能です。「攻めていく」方法でなければ或いは可能かも知れませんが、機械では目標に向けて「攻めていく」調整方法は基本的に苦手で可能な範疇にはありません。

 機種による大雑把な調整の違いは下記のようなものです。

◎オペラグラス---中心軸が固定されていて曲がらない機種では、軸出しも簡単で両方の接眼レンズをそれぞれ三方から小さなビスで直接レンズを押して調整するようになっています。

◎ツアイスタイプの双眼鏡---対物レンズを装着してある対物枠(鏡室)の外側が偏芯(エキセントリック)になっていて、それを更に偏芯したリングを介して回す事で、微妙な範囲で対物レンズの位置を動かす事が出来るようになっています。但し、構造が厄介になるということで現在では余り見かけなくなってきました。

◎ボシュロムタイプの双眼鏡---あらかじめ直角に組み込んだプリズムが独立した台座に固定されてあり、その台座ごと接眼レンズの側からドライバーなどで動かして調整し固定する方法です。

◎ダハプリズムタイプ---中心軸が二本ある小型で折り畳み式の双眼鏡が主です。この場合は鏡体の外からプリズムをドライバーなどで動かして調整するようになっています。

◎もっともポピュラーな調整方法---機種いかんに拘わらず、プリズムを台座や鏡体の内側などに然るべく接着したあと鏡体の外側からドライバーなどで、プリズムを傾ける事で調整する方法です。接着剤の進歩で昔では考えられない方法が可能になってきました。

 ただ、傾ける事自体は収差を増大させる方向に向かうので、プリズムを極端に大きく傾けた双眼鏡の見え味は当然ながら落ちます。粗悪品の典型がこれらに該当します。

 以上、文章で表すと、理解出来ないような中身になるので、本来なら現物を見ながら説明すればもう少し分かるのかも知れませんね。残念なことです。

 なお現在の双眼鏡の大部分は、CF(センターフオーカス)タイプで、ピント調整は中心軸に付いている転輪(テンリン)を回す事で両軸が同時に上下に動き調整されます。然し、双眼鏡にはIF(インデビジュアル)タイプと云って、左右の接眼レンズを各々独立して回してピント調整をするタイプもあります。このタイプの場合は接眼部を回すために生じる光軸のズレがかなり大きく出るので左右の接眼レンズの光軸を別途に取らなければなりません。その分厄介な機種です。

 この場合の調整方法は無限距離で、左右の接眼レンズが入っている接眼筒を回しながら光軸を合わせ、そのあとそれぞれの接眼筒を動かないようにする事でOKとしてあります。ビクセンには、20X125、30X125等の大型双眼鏡がありますが、この機種はIFタイプですから、上記の手順を経て光軸調整がされてあります。

 

 アイピース交換式のBT80S 80ミリ双眼鏡は、あらかじめ付属の接眼レンズの光軸をキチンと取って出荷されていますが、然し、もし光軸に狂いが発生したら、ユーザー側でそれぞれのアイピースを回して光軸が取れる仕組みになっています。自分の目で無限先の目標を見て、無理なく重なって見えればOKです。



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