双眼鏡ひとくち知識-2
プリズムを固定する--かしめ作業
双眼鏡の組立てで、二個のプリズムを直角に組み合わせる方法については前述しましたが、今回は直角に組み合わせたプリズムを固定する方法を説明してみます。
プリズムをのせる金属(ダイカスト)の台座には、あらかじめプリズムが乗るようにプリズムより多少大きい窪みがつけられてあります。プリズムを台座の窪みに乗せたあと、台座のヘリからプリズムに向かってタガネを使用して「かり出し」をやります。ハンマーでタガネを叩いて台座に「爪」を出し、その爪でプリズムをしっかり台座に固定するわけです。大事なのは、その作業でプリズムの直角度が損なわれないように、叩きながら前述のように向こうに垂らしたヒモを見て、その都度直角度を確認しながら左右四ケのプリズムを固定していきます。
なにせガラスのプリズムを際(キワ)の所で金属と接触させて固定していくのですからプリズムを割る確率は高いとみなければなりません。熟練者と初心者の違いもありますが、歩留まりがかなり大きい困難な作業です。
その作業を終えたあとはプリズムと台座にナンバーを書き込んで、いったんプリズムを外し、台数が揃ったところで金物とプリズムを拭いて改めて組み込んでこの段階の作業を終了します。なお、プリズムを再び台座にキチンと入れる時は上からギュっと手で押さえ付けて入れ込む位のピッチリした固さでないとダメです。
この「かり出し」(一般的には[かしめ作業]と呼んでいますが。)は双眼鏡がこの世に出現して以来百数十年間続けられてきました。然し、余りにも歩留まりが悪い事に加えて熟練度が問題になる作業なので、近年では「かり出し」をやめて接着剤を利用するように変わってきました。従って、コンコンというハンマーの音が板橋の双眼鏡屋さんの二階から聞こえる風情は消え去ってしまいました。
この作業は器械を使っては出来ません。出来た結果を確かめる投影器はありますが、作業そのものはあくまでも人間ワザに頼るほかありません。
特に、ミクロンタイプの双眼鏡の場合はプリズムを固定してなおかつビスでプリズムを左右に動かす方式が取られているので、ガタのないようにしっかり固定するのと、動くだけのクリアランスを保つ事が矛盾する方式だ、となります。まさに神ワザになります。ミクロンタイプの双眼鏡がこの世から消え去りつつあるのは、その神ワザを必要とするせいで、それだけの神ワザを継承する程の意欲ある人間が居なくなってしまった結果だと言えます。なおビクセンM型9x20のミクロン型双眼鏡は伝統技術を正確に受け継いだ數少ない貴重な双眼鏡となっています。