双眼鏡ひとくち知識-1
プリズムを直角に固定する
ここでの話は、双眼鏡にまつわる「肉眼の不思議」についてです。
双眼鏡の内部には像を正立にするため片側に2個ずつのプリズムが使用されます。
この2個のプリズムは厳しく正確に直角に組み込まれなければなりません。(上の図の左側、黄色い光路の中程にプリズム二個が直角に組み込まれます。勿論、右側の鏡筒にも同じように二個のプリズムが入ります。)
それでは、どのようにして直角度の正確さを確かめるか、ですが..
まず、プリズムだけを組み込んだだけの状態で(レンズ類は入れない状態で)、片目で、そのプリズムを通して向こうの壁に垂らした一本の紐が垂直に見えるかどうか、それを確認します。更にもう片方の裸眼で同じ紐を見ます。
片方はプリズムを通して、片方は裸眼のまま、その形で両眼を使って向こうの紐を見て二本がきちんと重なればOKとなります。
プリズムが直角にセットされていない場合は、プリズムを通して見た方は、その分像が傾くので両眼で見た場合向こうの紐は垂直に重なっては見えません。
ここまでは、誰が考えてもそうだろうと思いますが、そこに不思議な現象が現れるのに気がつきます。
人間の眼は、左右それぞれが、垂直線をそれぞれ垂直には見ていない、という摩訶不思議な性質を持っているのに気がつくのです。左の眼は垂直線を僅かですが右に傾いた線として捉えます。右の眼はその逆で、左に傾いた線として捉えるのです。極端な例で言えば、極度の凹レンズか又は魚眼レンズで覗いた時のように向こうに建つビル群が丸く曲がって見えるのに似ています。(違うのは、人間の眼では丸く曲がっては見えずに直線状に傾いて見えます。つまりカタカナの「ハ」の字の形で見ている、という事です。勿論、その傾きの量は極く僅かで、普段の生活の場で気がつくことはありません。)
そういう性質を呑み込んで、検査の時は、右の眼でプリズムを通して向こうの垂直の紐を見て、その後、素早く左の眼で見直して、その両方の傾きの残像の中間を取るようにして正確度を確かめます。これも例えて言えば「ハ」の字の真ん中の間を取るということで「小」の字を頭の中に描いて検査をすると言ってよいかも知れません。
どうして肉眼にそのような機構が組み込まれているのか、その理由は分かりません。我々が考えて分かるといった範疇ではなくその筋の専門家に尋ねる外ありません。
その昔、板橋界隈の双眼鏡屋さんの組立て場で、調整屋さんが双眼鏡の鏡体を目に当てパッパッと交互に見極めていた光景が思い出されます。板橋の名人さんのハナシでは、この道を極めるのには丸三年はかかる、とのことでした。然し、現在では、このような方法で直角度を確かめる検査はやられていません。専門の投影器を使って簡単に出来るようになっています。従って、人間の目が左右共で「ハ」の字に傾いて見えている事実は全く知られずにいるのかも知れません。
なお、傾いたままプリズムを固定してしまったらどうするのか、その時はもう一方のプリズムも同じくらい傾けてセットで固定します。同じ程度に共々傾いていると覗いた状態では区別は出来ないものです。
傾いて見えるプリズムは「倒れている」という表現であらわすので、その場合の双眼鏡は両方が倒れて見えるということから「共倒れ」と呼ばれます。「共倒れ」とは業界用語といいながら、よくぞ言ったものだとつくづく感心した覚えがあります。「共倒れ」の双眼鏡は規格内であればパスしますが、あまり上等の双眼鏡であるとは言えませんね。