プリンス光学のミクロンタイプ双眼鏡
プリンス光学は販売会社で、実際にこの双眼鏡を作ったのは「栃原オプチカル製作所」です。栃原オプチはミクロンタイプ双眼鏡一筋に徹した専門メーカーでした。
ミクロンタイプの双眼鏡は日本光学が考案したタイプです。小型軽量という事で日本国内はおろか世界中で好評を博した傑作でした。ビクセン光学でも長い間独自のミクロンタイプを生産していた時代があります。ただ、勿論、現在は全く生産は行っていませんが。
ミクロン型には二つの流れがありました。一つは日本光学に右倣えした型で、ピントを合わせる時に対物レンズを動かす方式。一方はビクセン方式とでも申しあげてよいのかどうか、対物レンズではなく接眼レンズの方を動かす方式です。それぞれには一長一短がありましたが、今回のプリンス光学のは、日本光学と同じ対物レンズを動かす方式になっています。
左 プリンス光学 7倍18ミリ 右 ビクセン 7倍18ミリ
栃原オプチカル製作所製作 ビクセン光学株式会社製作
ミクロンタイプ(略して M 型 双眼鏡と呼んでいますが。)は見ての通り、全体が金属色に輝いています。そのシルバー色にこそメカニックな美しさがあり、又、そこにこそ世界的な人気の秘訣があったのですが、ただ、残念ながら、その最大利点が逆に最大難点を引き起こしていたのも疑いのない事実でした。それは、全部品共綿密な機械加工仕上げが必要だったという事。つまり、ピカピカに仕上げるために相当のコストを払って全部品を完璧に仕上げていたと云う事です。大半の双眼鏡では、ボデイの大部分が通称「革張り」と云うカバー材で覆われるので、特別な仕上げ加工は不必要です。ましてやプラスチックのボデイとなると仕上げは殆どゼロで済むのです。ピカピカにするためのコストその差が結局M型双眼鏡を衰退の道へと追いやった一つの大きな原因となりました。
もう一つの問題点に、プリズムの固定方法がありました。通常の双眼鏡のプリズムでは二つのプリズムを直角に向い合わせ90度になるようにセットして固定しますが、M型の場合は、直角にセットしてなおかつ光軸を合わせるためにそれぞれが左右にスライド出来るように装着しなければなりません。その作業には文字どおり長い訓練を経た名人芸を必要としたのです。
M型双眼鏡全盛の頃、それは昭和30年代後半から40年初めの頃でしたが、その当時は、8倍20ミリM型と7倍50ミリ のツアイスタイプが大体同一単価で生産されていたと聞きます。然し、その後は、ツアイスタイプが大量生産によってスケールメリットを存分に受けるようになったのに反して、M型の方は仕上げ加工がネックになったのと、更に、高度の熟練作業が必要とされる事でどうしても大量生産が効かず、従って、当然ながら販売競争で脱落するケースが増えて来るようになり、見る間に差が開いて勝負がついたのです。手作りに等しいM型は、所詮は市場原理には適さない製品だったのです。
ビクセンではそれを承知して早々にこの種の生産をストップしました。残したのは医療用としての別途特注品だけでした。
栃原オプチは、然し、それを承知しながら最後までM型にこだわった「野武士集団!!」でした。仕上げ精度を含めてあらゆる部材部品及び作業性を徹底的に簡略化し、大幅にコストダウンをさせ、家内工業的でありながら総力を結集して量産を目指し、曲がりなりにもツアイスタイプと競争する体制を維持していたと思うのですが、所詮は資本の原理に反した「無情な努力」でしかなかったのではないかと思われます。最後はいつだったのか, 夢の儚さを悟られたのか ともかく結論はM型双眼鏡の輝かしい生産の幕を閉じるほかなかったのだと聞いています。それと同時に日本のオリジナル双眼鏡はひとまず栃原オプチの撤退をもって消え去りました。無念というか 残念というか、惜しいというか、悲しいというかーーーそう申し上げるほかありません。
※ なお、ブランドになっている販売元のプリンス光学は、大阪にある光学機器および模型、玩具関係の大型商社です。
昭和47年発行の業界資料に載っていた「栃原オプチカル製作所」の広告。
栃原オプチが最後の頃手掛けた製品が図にある大型M型双眼鏡でした。
一昨年だったか、日本光学から約30年ぶりに復刻判のミクロン型双眼鏡が発売されました。6倍15ミリか若しくは今回取り上げた7倍18ミリだったか忘れましたが、ともかく久しぶりに見たシルバーの輝きが世評を浴び、予定生産台数は完売で終了したと聞きました。かっての激戦をくぐり抜けて来たミクロンメ-カ-であるビクセン光学にとっても実に感慨深いものがありました。まして栃原オプトにとっては更に大きな感慨に浸った筈だと思われるのですが、残念ながら栃原オプトのその後、そして現況については<風のたより>も音信も全くありません。
因に、日本で生産がストップしたシルバー色のM型双眼鏡は韓国で再開発されているとの事でした。然し、その勢いは現段階ではもう一つのようです。中国を始めアジア諸国では一般双眼鏡が大量に生産されています。その中で韓国のメーカーがが特にこの機種にこだわるのは至難のワザと断言してよいでしょう。それは韓国であれどこであれ事情は変わらない筈です。エールを送りたい気持ちは山々ですが・・・。