昔のオペラグラス-A

4X40のオペラグラス (メーカー名、製作年代、共に不明です。)

  対物レンズが40ミリもあると、たかがオペラグラスとは云え見やすくて気持ちのよい作りになっています。
 
全体から受けるイメージは、あまりにも古い、という素朴な印象でした。光学器械となるとその種類は別としても常に精密な器械とのイメージを受けるのが通常だと思うのですが、この場合は何ともオモチャ的というかブリキ細工というか、とても「精密器械」には見えません。
製作年代が不明なので、一概には言えませんが、手作業を主とした古い作り方で製造されたようで、旋盤とかフライス盤とかを使って加工された現代の製品のようにスッキリした形とはかなり印象が違っています。

 このオペラグラスは、とにかく良く見えます。40ミリという大きな対物レンズがモノをいっているのです。(現在は携帯性が優先されオペラグラスは小型機種が主流になっているせいもあります。大きい対物レンズを使ったのでは通常のプリズム式双眼鏡と価格の点で太刀打ち出来なくなっている事情もあります。)
 実際に覗く場合は接眼パイプをほぼ一杯に伸ばした位置でピントが合うようになっています。対物レンズの焦点距離+見易い目の位置まで[アイポイントの位置ではありません。ガリレオ式にはアイポイントはありません。]15センチ程ありそうなのでそうなってしまいます。(それでも対物レンズのf 値は3 ちょっと位でしょうから、対物レンズの設計、研磨、にはそれなりの苦心があった筈です。)
 接眼部を上下させる昇降軸には 1から12 まで目盛が入れてあります。この数字の意味は分りません。それなりの理由のある数字だと思いますが、大した深い意味はないと思われます。
 
 対物レンズは対物枠の金物にかしめて入れてあるので分解は出来ませんが、見え味と厚みからみて二枚貼り合わせのアクロマートと判断しました。従って色収差は殆どありません。コーテイングがないのは昔のモノですからこれだけは仕方がありませんね。
 対物枠にはネジを切ってあり鏡筒にネジ込まれていますが、このネジはお粗末なものです。
 接眼レンズもかしめてあるので分解は出来ません。推測ですがこの方は多分シングル凹レンズかと思います。
 驚いたのは、このオペラグラスには光軸調整装置が見当たらない、という事です。単純にレンズを入れた状態で組み立てて二つの光軸が合う保証はありません。どうやって調整したのか、いろいろ憶測も交えて考えてみたのですが分りませんでした。組立て途中の段階で、どちらかの接眼部を回転させながら目視で光軸を合わせ、その段階で金物を圧入なり他の方法も加えて固定させOK としたのだと考えるほかありません。眼幅は固定だし、倍率も低いので、ラフな調整でも結構良かったのかも知れませんが、それにしても光軸はドンピシャリ合っていました。----それにしてもこの状態で光軸を合わせるとしたらその作業は神業に近いモノです。
 昇降軸を上下させるための中心に位置する転輪(略してクルマ)の動きはスムースではありません。組立工の腕というわけではなく加工精度のリミットに問題があった筈です。クルマに刻まれてある滑り止めのローレットの仕上がりもお粗末です。このあたりも当時の加工技術の限界によるものだったと思いますので、あれこれ申す立場ではありません。
 昇降軸を接眼部でハネに固定するビス(業界用語ではこれを『上陣笠』---略して[ウワジン]と呼んでいます。)そのウワジンのビスはここでは後付け、つまり本来のモノが紛失してしまったので適当なビスをあとでつけた(このような場合はどこの業界でも『後家さん』[ゴケサン]で通じるでしょうね。)、つまりお粗末なビスで済ましてあります。
 本体に巻かれてある褐色のレザーは手触りの柔らかさから本物の皮革だと思われます。上等の皮に違いありません。
 金物全体は真鍮製でクロームメッキ、その輝きはまだ衰えていません。メッキの仕方が満点だったか、丁寧に使われていたか、保存の状態が良かったか、詳しくは不明ですが立派です。

 

 ※光軸調整の方法が全く分らないのですが、本来は、接眼部のふくらんでいる箇所がネジ込みになっていて、ネジを回してふくらんでいる箇所の金物を外すと、中に接眼レンズの位置を決めて固定する3本ビスとか固定ビスとかが出てくると考えています。推測は間違っていないと思います。とにかく現品は要所々が潰れているので、ふくらんでいる金物を外す事はどうしても不可能でした。


接眼部のふくらみの箇所が問題

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 このオペラグラスの加工状況を眺めてみると、現在とはかなり違っていて前時代的な加工方法で作られているのが分ります。現在では、もう既に行われていない加工箇所として、目を当てがう場所、つまり接眼部ですが、その箇所のふくらんでいる金属部分がそうです。薄い金属パイプを素材として、それを「打ち出し板金加工」と云う古式な方法で作られたような気がします。この場合の「打ち出し」はパイプを軽く回転させてタガネのような金属を当てがい叩きながらふくらましていき反面を逆につめていく、といった方法になります。そうでなければ、「ろくろ法」と云って、寸法通りの凹型を作って、それにパイプを当てがって回転させ鉄の棒を使って所定の凸型の形状を作る、と、そんな方法であったかも知れません。ただ大量生産のケースでは「ろくろ」ではなく「へら絞り」と云う「ろくろ」を大型化したような工作方法で行います。理屈は先述の方法と同じです。馴染みの製品としてはヤカンのように中がふくらんでいる日常品などに多く行われています。いずれにしても、昔では原始的な機械をベースにして手を使っての仕事になった事はやむを得ません。
 ふくらませた形の接眼部は、それだけでは相手と結合出来ませんので、本来ならメスネジ(又はオス)を切って相手のオスネジ(又はメス)にはめ込むのですが、ネジを切った形跡はありません。現在やるとしたら強力な接着剤を使ってもよいかな、と思われるますがこの場合は圧入したような気もしたのですが・・・。回しても外れてきませんでした。潰れているのも大きな原因になっている筈です。
 接眼部を昇降させる長めのパイプにはネジを切って結合した箇所があります。ただ、このネジ同士は、現在の正確なピッチで切られた精密なネジ加工には仕上がっていません。これも「ろくろ」でタップとダイスを使って切られたお粗末なネジに見えます。

 参考までに下の写真をご覧下さい。ビクセンの普通の屈折赤道儀です。ただ、フードの先端を見て下さい。ちょっと見ただけでは気がつきませんが絞り込んであるのが分かると思います。これは、手を使ってコツコツと「打ち出し」をやって丸くカーブをつけた本人のオリジナルフードなのです。ビクセンにはこれに似たスタイルとして「シャトルスコープ」の対物部の先端がその加工をして仕上げていますが、その場合はプレスを使って大量生産を行ったもので、加工方法は全く違います。然し、個人が一個のみ作るとなると「打ち出し」方法を取るほかありません。それにしても大変な苦労を重ねて作り上げた傑作かと思いご披露しました。(所沢市 当麻喜明様 製作。)


 個人の完全手仕上げの「打ち出し」で作った天体望遠鏡のフードと、上記オペラグラスの接眼部のふくらみは、いずれにしても加工については親戚関係に近い関係にあります。そのいずれも能率が悪い上に個々に形状が完全に揃わず、おまけに大変な人件費を必要とするので、工業用としてはかなり昔に消滅してしまった遺跡的な生産方法と言えます。
 但し、この「打ち出し」の方法は特殊な用途、例えば、仏像制作、飾り金具、高価な小物アクセサリー、芸術性のある道具類、それらに必要とされていますが、腕のある確かな名人は少なくなってしまっているようです。



|続く|                       |戻る|