Kern 6x24

 この種の機種の原形はカールツアイスです。ツアイスの設計をもとに、違うメーカーによって製作された機種は豊富にあって、そのいずれも高級機として世界中に君臨し続けました。但し、中には形はツアイスであっても、中身はさほどではない、という製品も勿論あります。今回の製品はその例の、あまり上等ではない部類に入る双眼鏡です。

 まず、カバーに刻印されてある文字は(左)1931 6x24 Kern A.ARAV (右)Armee-Modell No-7886 とあります。1931の文字をそのまま西暦と読めば昭和6年となるので、戦前の製品だと分かります。多分間違いはありません。
 下カバーには上と同じ No-7886 とあるのですが、上下に刻みつける程の表示でもありません。製造の流れでそうなったという程度のものでしょうか。
 カバー4面すべてに輪郭だけの十字マークが彫ってあります。赤十字用としての特別誂え品だったのかも知れませんが、ナチスを表す独特のマークだったのか、その意味は詳しくは不明です。

 接眼部にすっぽり入る革製のカバー、更に、中心軸から垂れ下がっている革の垂れ(ベロ)、これはツアイス全盛の頃のシンボルみたいなもので、時代を感じさせる勲章のような雰囲気を感じさせます。

 接眼部を見てすぐ気がついたですが、接眼内筒を固定するためのセットビスが左右共々6本のビスを使用している点、これなどもその時代の作り方を示しています。現在は共々3本ずつで片付けているので、そこには昔はやるべき工程はすべてやるといった往年のマイスター達のこだわりを見るような思いがしました。
 両接眼外筒に刻まれてある視度調整の目盛りはほぼ全周に近いプラマイ10 度目盛りです。勿論、この方式が正確な刻印の仕方で、それがいつの間にかプラス方向に2目盛りマイナス方向の4〜5目盛りになり、更に、現在ではプラマイ2度目盛りにまで省略されてしまっています。中には目盛りは消滅してしまって単なるボッチだけのアッパレな製品も多々見かけるのですが、随分とお粗末になってしまったと申すほかありませんね。
 なお、この目盛りは視力(デオプター)を示す目盛りです。

 中心軸の回転は実にスムースです。これは中心軸と本体の接触面に上下共2枚のワッシャーが入れてある事によります。一枚は御丁寧にアルミ鋳物の本体をえぐりとってハメ込んでありました。通常の製品では一枚ワッシャーで、そのためアルミ本体との摩擦が生じて必ずしもスムースに回らないのが普通なのですが、ここでは2枚ワッシャーで、それも二枚共回転しないように固定されてあるのでワッシャ−同士が接触しながら回ります。そのキメ細かい配慮には最敬礼しました。とにかくスムースです。
 なお中心軸にはテーパーがついてあり、それによって軸穴との勘合をしっくりとさせガタの発生を防ぐ仕組みになっているのですが、ここでのテーパーの角度の差は上下で推定5/100mm程度。現在のそれが急テーパーで仕上げされているのに反し、神業に近いゆるやかな角度です。中心軸の材料がステンレス仕上げなのも始めて見ました。すごい懲りようです。

 プリズムの硝材はBAK-4、高級品です。取り付けは「かしめ」の方法。当然です。
 ------このあたり迄はツアイスならでの高級イメージですが、内部を見渡すとだんだんと怪しい空気が出て来ます。

 プリズムは「かしめ」の方法で固定されています。これ自体は当然の方法です。然し、よく眺めてみると「かしめ」とは別に接着剤で接着してあるのに気がつきました。然し、当初から接着剤で固定した筈はありません。「接着方法」はごく最近になって行われるようになった方法だからです。試みにアルコールで拭いたところ簡単に取れてしまったので、接着剤そのものも今風の強力なものではなく初期の頃の微力な接着剤のように思えました。後年、修理をした時の事か、はっきりしませんが、多分そんなことだろうと思います。
 何故そんな事をしたのか?。考えられるとしたら当初の「かしめ」がガタガタだったためにそれを補強しようとしたのではないかと思ったのですが、いろいろ眺めても別にそうでもなさそうでした。結局修理屋さんが単に、更なる補強の意味で接着したものと判断するほかありません。ここでの「かしめ」の状態に何かしら不安を感じとったのかも知れませんね。
 内部の接眼下には遮光線を切った遮光筒が別途にはめ込まれています。遮光筒の内部は艶消し黒塗装が施されてあるのですが、接眼筒を始め本体の内側一帯の外部から見えない箇所には全く塗られてありません。片手落ちです。加えて、プリズムシートを始め内部全体がすべて金物の切削したままのムキ出しの状態で組み上げられています。考えられない状態です。

 上下のプリズムは鏡筒内約10ミリ程の間隔の2枚のプリズムシートにセットされてあります。対物レンズの焦点距離が長いため折り返し光路を長くして短縮しているのです。理屈の上では勿論それでOKなのですが、そのための本体の鋳物ヌキには大変な苦労がつきまといます。現在では到底考えられない高等技術?を必要とする途方もないやり方です。これは昔の機種によく見られた設計でした。減点とは云わなくとも必要以上の加工技術によるコストアップを考えれば感心出来る方法ではありません。

 光軸調整は対物部のエキセントリックリングを回して行いますが、対物部のネジが固く取り外しが不可能だったので、プリズム下に錫箔をかって調整しました。従って正確な調整が出来ず、高低に多少の差が出て不完全のまま作業を終了しました。

 鏡体の各所が塗装剥がれやキズが多いのに反し、鏡体に張られてある皮革は、当初の革とはイメージも違い今風で新しく感じます。推測ではこれも修理の時にでも現在風の革に張り替えたのではないかと思ったのですが...推測は多分正しい筈です。

 以上、設計は完璧でも現在では考えられない弱点を含んでいる事が分かりました。更に、生産を急いだせいか各所に手ヌキが見られます。同じカールツアイス系とは云いながら本物では考えられない仕上がりです。


ユーザーからのメール

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H.Nです。

ケルン社はスイスのアーラウ市にある光学会社で、現在はウイルド社傘下のライ
カグループの一員です。
過去には16mm撮影機のボレックスやアルパカメラ用のスイターレンズのメー
カーとしても有名です。
6X24の双眼鏡はスイス軍用の物で、十字のマークはそのためです。
最近1970年代のものが多数放出され、市場にありますが、こちらは
アルミニウムを多用し、軽量化され、見かけ視界も70゜くらいに
拡大されているようです。8x30くらいだったと思います。
こちらは所持はしていませんが、見せてもらった限りでは大変
見やすく、すぐれた物でした。
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H.N 様

 メール有難うございました。
Kernの双眼鏡についてですが、Kernについては以前この博物館の中に「スイス製7倍50ミリ--設計にムリのある製品」として入れてあります。ご覧下さい。ただ、今回の6倍24ミリについては形状はツアイスとしても中身がお粗末だったので、果たして本当にKernの製品かどうか疑わしいと考え敢えて言及しませんでした。ブランドはそれなりの会社を表わしていながら、下請けメーカーを駆使して市場に出荷する場合も多い筈なので、この辺の事情は日本のみならず世界的に行われている事だろうと深読みした感があります。
 製造年月日を昭和6年とすると、大戦前で時代はそれ程ひっ迫していた頃でもないし..と、それも不思議に思った点でした。加えて内部の作り(プリズムの設置の仕方)が2段になっている点、などにも、妙な疑問点がありました。
 実際にどの時代のどこで作られた製品なのでしょう?。

4面全部に彫ってある十字マークは完全にトンチンカンな思い違いでした。4面全面とは多すぎる、と判断した事が裏目に出ました。考えてみればKernはスイスへの納入会社であったと単純に考えるべきでした。
 然し、このような疑問点が多い点こそ面白みを倍加させていると云う事でしょうか。

 以後いろんな点で御高配をお願いする事と思いますが、よろしく御協力下さいますようお願いします。有難うございました。担当 齋藤 彰


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