ドイツの古いオペラグラス
このオペラグラスは相当に古い製品です。はっきりした製造年代は不明ですが、推測では1800年初頭くらいのような雰囲気を感じます。
全体を一目見てこの製品は、今で云う機械加工設計で作られてない事が分かります。旋盤とかフライス盤とかの汎用工作機械で加工した箇所は全くありません。現代的なネジ加工すらありません。板金が主です。
ちょっと不明なのは二本の鏡筒で、アルミ鋳物なのか、鉄板を曲げて作った板金細工なのか、外から見た限りでは分かりません、が、多分、板金細工だろうと思いますが・・・。表面の皮張りを剥がせば分かると思うのですが、密着しているのに加えてボロボロなので確かめる事は出来ませんでした。
それにしても板金細工だとしたらテーパーをつけたパイプを正確に作る作業は大変な筈です。もしそうなら当時のマイスターの意気込みと心意気を感じる素晴らしい箇所になります。
あとの細部は真鍮パイプとかアルミの板金とか絞りとかで出来ています。現代風の工作機械を自由に使える時代ではなかった事がはっきり分かります。
接眼レンズを繰り出すための昇降軸はダイスで切っています。旋盤でのネジ加工によるものではありません。ただ、道中が長いためのガタの大きいのはどうにもならなかったのでしょうか。----とは云え、固めのグリースで誤魔化す事は可能ですがネジの露出箇所が長過ぎるのでムリだし得策ではありませんね。防ぎようがなかったのだと思われます。
昇降軸を上下させるためのクルマ(転輪)も必要なだけの長さのパイプに取り付けられてあります。先端は対物部に固定されてあり、長さ的に無理がありませんが、逆に云えばこの長さから逆算して繰り出しの長さと倍率が設定された感じです。
このあたりを含めて全体の造作が板金細工である限り、回転箇所とか固定する方法とかに幾多の制限条件があったため、現代的な機械加工では簡単に作れる部品も正確には作れず、当時の技術の範囲から抜けだせない---それしか出来ない---と、そんな避けられない原始的?な組み付け方になっています。然し、結果として、それがためか全体のイメージが昔風で相当に古く「芸術的」に感じられる大きな要素を醸し出しています。
対物レンズは40ミリ径、コートはありません。現物のレンズはバルサム接合されてあったものを、何らかの事情があって外して剥がしたらしく、凹凸のレンズをそのまま重ねて入れ直してありました。そのせいで、重ねた凹凸レンズの隙間に虹色のニュートンリングがバッチリ見えます。本来なら、このような場合のニュートンリングは真ん中を中心にして同心円できれいに出る筈なのですが、大波小波よろしくサイケデリック模様で前衛芸術的(?)に出ていました。当時の技術水準からして当然の結果です。但し、見栄えからして感心できませんが、実際に覗いた限りではそれ程見え味に影響は出ません。事実、見え方は完全で文句のつけようはありません。
このオペラグラスは、現在の目で見る限り、大変な「愚作」です。(但し、あくまでも現在の目で見て、という限定した視点からですが。)
対物レンズは40ミリ径で、それはよいとして、焦点距離が長過ぎます。推測では200ミリ以上あるのではないかと思いました。然し、200ミリとしてもf値は5ですから、決して大きくはないのですが、完成品になってしまうといかにも大きく長くて小型オペラというイメージではありません。当時はf値の小さなレンズは、設計も研摩も困難な時代だったのでしょうから無理もない設定だったのでしょうが、これではたまりません。これが「愚作」の第一ポイントでした。
倍率は変倍方式で4倍と8倍になっています。40ミリの対物レンズに4〜8倍ですから倍率の選定に問題がありませんが、いかにも視界は狭く、4倍で10度はありません。推測では5〜6度の範囲かと思われます。文字通り<ヨシのズイから天井覗く>ようなサマでした。8倍ではもっと狭くなります。結局、4倍〜8倍と表示してあるものの実際の倍率はもっと高いのかも知れません。視界は多少でも大きくすべきです。これが「愚作」の二番目のポイントでしょうね。
倍率を変える場合は、接眼部の中心についている一見ピニオンギアに似たツマミを回して行います。別途 内部にある凹レンズをツマミを回す事で加えたり外したりして接眼レンズの焦点距離を変化させ対応しています。理屈の上では問題ありませんが、付加する凹レンズの座りが悪いので像が安定しません。カチッと、どっかで固定する筈だと思うのですが、ぶらぶらしたままなので正確に所定の位置にセットしようとしても殆ど無理です。製作者側でも分かっていたといた筈です。困った設計ですね。三番目のポイントがこれです。(当初はちゃんとセット出来る作りになっていたのではないか、と欲目もあってそう思いたいのですが。)
この変倍装置では、4倍と8倍ではピントが合う位置が大きく違ってしまいます。現在のズーム式のようにはいきません。操作が大変厄介でスマートさに欠けます。ここらも「愚作」のポイントです。ピント位置に差が出るこの種の他のオペラもあったと思うのですが、対物レンズの焦点距離が短ければそれ程作動距離が大きくならずに済むのですが、この機種では対物レンズの焦点距離が長い分だけ差が大きく出てしまうのです。(写真は4倍で無限位置にピントを合わせた場合です。長さが長くなる『全体長:190ミリ』のに加えて、接眼部のグラつきが相乗効果で大きくなるのはどうにも避けようがありません。)
そう云っても良い点はないのか、勿論あります。
全体に作りが大きく長いので、両手で持って見る時の持ち味がピッタリです。この点は現在のH型ダハ双眼鏡に通じます。ただ、こちらの方がやや軽いので、それだけ手にしっくりするのでこちらの方が快適です。又、機構に問題があるにせよ、曲がりなりにも倍率を変える事が出来るのも大きなプラスで、もしかしたら現在の超高倍率のズームより、こちらの方がハッタリ(?)が利いてない分好感が持てると云えるかも知れませんね。
もう一つ、板金細工の見事さ、があります。当時は装飾関係の仕事が豊富にあったろうし、その流れから当然の出来具合いと云えばそれまでですが、かなりの美的センスで出来上がっています。現在の目で見ると確かに愚作でお粗末ではあります。然し、お断りしますが絶対にがらくた品ではありません。この点だけは強調したい製品でした。
仮に、もし許されるとしたら、対物レンズのf値を多少でも小さくする事、それをもって倍率を3倍〜6倍程度に落として多少でも視界を広げ、安定した見え味にしたいところです。そうする事で、接眼筒の繰り出し範囲も短く出来るし、当然ガタも少なくなる筈です。(つまり、ボデイのデザイン及び組み付けは良いが光学仕様に問題があるという事。)
接眼見口の箇所に W・TESCHNER Berlin と刻印されていました。ドイツ製である事だけは確かなようです。民需用というよりは軍事用に開発された製品だったのでしょうか。そうだからこそ地味なデザインにしてあるのかも知れません。然し、それだけ形状がスッキリしていてなんとも云えない好感が持てます。ゴテゴテしていない小気味良さがいっぱいに溢れています。
今更ですが、その当時のマイスター達にお目にかかりたいものだと感じた次第でした。