ボシュロム8倍18ミリ 古い双眼鏡
シーラカンスの印象

 この双眼鏡は見ての通りかなり古いタイプの製品です。正確な製造年代は不明ですが、ボシュロムが設立されたのが1.800年なので、設立から間もなく製造されたと考えると大体1.820~30年頃かと思ったのですが、それではいかにも古すぎるので文献で調べたところ1.900年前後の製品らしいと判断しました。明治の末から大正にかけての頃です。
 カバー(左)には Zeiss Stereo Field Glass  PAT JUNE 22. 97 POWER-8 (右)には BAUSCH&LOMB Optical Co 
 NEW YORK ROCHESTER .NY.   CHICAGO。と、 やや識別困難な花文字で刻印されてあります。

 この双眼鏡を分解してみると、整像のためのプリズムが上カバーすれすれに一個、下カバーすれすれに一個、お互いが大きく離されてセットされてあります。現在の双眼鏡では二個のプリズムはすべて一個のプリズムシートに向かい合わせで取り付けてありますが、当時は焦点距離の長い対物レンズを正立にする事と同時に、折り返す事で鏡筒を可能な限り短くしたかったためにそうせざるを得なかったのだと考えました。従って二つのプリズムシートが鏡体の内部に鋳造され加工されています。
 これは前に取り上げたKern 6x24 と同じ理屈です。ただ、こちらの方が極端にプリズム同士が離れており、その間隔は30mm近くありました。この場合には鏡体の鋳物加工に相当の難点がある事は前述しましたが、今回はもっと極端なので中を見ただけで思わず悲鳴をあげた程です。お互いのプリズムはその頂点がそれぞれカバーに接近しているためパッキンとして、別途小さなコルクを作ってそれを挟んで固定してあります。ショックを与えない方法としては批判される筋合いはないでしょうが、現在、もしその方法が取られるとしたらコルクの代わりにそれなりのバネを使用する筈です。事実、これに近い機種としては最近までミクロンタイプの双眼鏡では独特のPバネを量産して使用していました。衝撃によるクッション効果はバネの方が有利なのは云うまでもありません。

 吊り紐取り付け部は、本来なら鋳物と一体化して出来ているのが普通なのですが、当時の技術では面倒だったのか、プレスで取り付け板を作り鏡体にビス止めしてあります。上下のカバーは接眼対物それぞれの外套で締め上げて更に加えて数カ所でビス止めしてあります。屋上屋の感じがしたのですが、どうでしょうか。
 接眼筒に刻まれた視度目盛りは全周囲目盛りで、前項目で書いた通り古典方式です。

 対物レンズの有効径は18mm。倍率は8倍。視界は推測では40度程度で狭く感じられます。この程度の光学仕様は現在では考えられません。これは、短焦点レンズの設計及び研摩が困難であった、との、当時の技術水準によものと判断する以外に考えようがありませんね。

 

  上の写真
 対物レンズ用の二つのキャップには紐がついていますが、これは二個を紐で繋いでバラバラにならないように配慮したもの。但し、現品では紐は切れています。革製で細かな細工を施し時代を感じさせる優雅な作りです。古い双眼鏡に多いやり方でした。ケースは標準的なスタイルです。左の二つの接眼キャップはプラスチック製で後年のもの。
 気になったのはケースの内側の奥に小さなポケットがついていて中に鉄製のピンが入っている事でした。何に使うためのものか考えて多分こうだろうと結論したのが下記です。

 最初に双眼鏡を手に持って景色を眺め、自分に最も適した眼巾を選びます。その状態で本体の下の中心軸にセットしてある「つまみ」(右側)を外し、ついで中心軸キャップ(真ん中)を外します。
 今度は逆に、本体の右下端に舌状のバネがついているので(横位置で見えます。)そのバネにキャップの裏ミゾを合わせ、「つまみ」を付けて締めます。更に「つまみ」には横に貫通した穴があけてあるので、ピン(左側)を差し込んで一杯に締め付けます。
 こうやる事で、いかなる場合でも自分に合った眼巾にカチっと気持ちよく合うので便利だ---となります。ミゾから外れた位置でも別に問題なしに滑るので使用に不便をきたす事はありません。
 以上、結構な仕組みと言えますが、いかにも「小細工」だとの印象を受けました。但し、便利だとは云え、以後廃れてしまっているので不朽のアイデアとは言えませんね。御苦労サマと申し上げる程度のカラクリでした。

 この双眼鏡はざっと百年前のものです。百年前となると双眼鏡始め各種光学器機もかなり進歩して来た頃になりますが、まだまだ揺籃期でした。従って、この製品も見かけ以上に、外観も内部もすべて古色蒼然としています。作りはしっかりしているとは云え、現代の目で眺める限りではまるで古代の生物を見る思いがします。その印象はいかなるものか?。敢えて申せば「シーラカンス双眼鏡」だと申し上げれば言い過ぎになるかどうか-----そんな感じがする太古のイメージでした。これでは、カンブリア紀、叉はジュラ紀、に作られたのだ----と云われても少しも違和感を感じない程の古めかしい双眼鏡でした。

 因に、その頃の、似ている双眼鏡の写真を載せてみました。写真ではそれ程古く感じないのは、今回の製品に似ている反面、鏡体が短いため印象としてはむしろ現在の製品に近い感じがすると云う点です。外観がきれいなまま保存されてあるせいもあるかと思います。
(上の写真)製作年代は1895〜1911年とありました。
 但し、写真で鏡体を見る限り、内部構造は、長さが短い事から現在の構造同様にプリズムシートは一個のような感じがします。従って、シート二個の今回の製品はやはりかなり時代をさかのぼる必要があるのではないかな、とも思いました。
 独断と偏見で申せばとりあえず1.800年代半ば過ぎ、としておきましょうか。

 念のため、と思って更に調べてみると上の写真のように鏡体が長く見える機種が見つかりました。但し、これからではシートが二個かどうかは正確には判断出来ません。然し、そうにも見えます。製作年代は1905年〜1912年です。

結論としては、正確には判断が出来なかった、と、なりますが、いずれにせよ1.800年台半ばから1.900年前後くらい迄、この辺が妥当なところだろうと思いました。
 推定年代に幅があり過ぎる、とのクレームが来そうですね。ごめんなさい。

この双眼鏡では、軸出し調整を行うための工作がなされていません。どうやって軸出しをやったのか目下のところは不明です。有り得ない話なので頭を悩ましております。しばらくお待ち下さい。



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