昔の双眼鏡-・

 カールツアイス10X50です。(写真左)
 ツアイスの双眼鏡は世界最高峰と称されています。確かに、この双眼鏡は一目見て優秀な製品だと云う事が分かります。
 写真の製品の製作時代はレンズにコーテイングがしてあるので戦後間もなくの頃だと思われます。戦後間もなくだとすると、軍事用に作られたのではなく民需用として生産されたのでしょうが、コーテイングを除けば外観的には軍需品のイメージがそのままです。従って、設計、部材、組み立て、すべてにわたって戦中の遺産を引き継いで完成されたとみてよいでしょう。
 外観はツアイスの標準タイプそのままですが、内部を仔細に眺めて見るとツアイスならでの驚くべき工作が為されているのが分かります。

 双眼鏡の組み立ての手順として「プリズムをかしめて直角を出す。」という項目を別ページに書いてあるのですが、その内容は、それぞれのプリズムを直角に取り付けるためには「かしめ」による面倒な手作業を行って調整し固定する必要がある---と云うものです。然し、このツアイスの双眼鏡では、機械加工を超精密に行い、単純に台座にセットするだけで直角が出るように工夫されてあります。手による熟練作業を省いてしまっているのです。これは長年双眼鏡を見つめてきた眼にとっては「神業」としか思えません。常識では、それでは絶対に不可能事です。驚いてしまいました。

 更に、プリズムを直角に取り付けた後は、左右両軸の光軸をキチンと揃えるために対物レンズ枠には特殊なエキセントリックリング(偏芯リング)が組み込まれてあり、それを回転させる事で両光軸の違いを調整させるのですが、その調整作業も僅かな作業でピシッと決まりました。これなども信じられない程度の精度が保たれていることの証明です。恐れ入った----と申し上げるほかありません。

 プリズムには薄い金属でカバーが被せてあります。(下方のプリズムのみ)これは現在でも高級な双眼鏡には装着されてあり特別に珍しいものではありません。但し、10X50という普通の機種にもちゃんと付けてある点、これが ご立派です。さすがです。
 但し、更に加えて高級な双眼鏡のプリズムには底面のまん中に迷光を防ぐためスロットと呼ぶ溝が切ってあるのが通例ですが、この双眼鏡では特別仕様でもないので省略されてあります。然し、プリズムの材質はBAK4、高級硝材です。
 視界の表示はありません。測定してみると実視界で7.1度と出ました。7.1となると見かけ視界では71度になるのでワイドです。このタイプの双眼鏡で71度は普通ではありません。但し、普通ではないと云っても不可能な数字ではないので驚く事はありませんが、珍しい部類に入ります。

 首をかしげる点もあります。対物筒の外側に巻かれてある牛革のシボは 通常であれば対物外套の金物にそのまま巻く方法がとられています。然し、この双眼鏡では外套を二重にし、その外側の金物に巻き付けてあります。そして又 その外套は遊んでいるのではなく、両端にネジが切ってあり、本体と対物キャップ側にキチンとネジ込まれるような設計で組み付けてあります。完全無欠の作りですが、何故それまでの必要性があるのか、二重にする条件はどこにあるのか、理解が出来ませんでした。-----どうしてなのでしょうか?。

 接眼レンズは、推測ではケルナータイプではなく、複雑なエルフレタイプかとも思われたのですが、かしめによって固定されてあるので分解が出来ません。然し、それだけでも収穫でした。現在ではかしめによってレンズを固定する方法は特別な場合を除き行われてはいません。従って、戦前からの流れで作られていたことが この点からも確かめられました。

  50mmの双眼鏡の標準重量は金属部材をアルミダイカスト製として約1kg です。然し、ツアイスのこの製品は900gしかありません。持ってみてすぐ軽いと分ります。推測では、ボデイの金属がアルミではなくして、もしかしたらマグネシューム合金なのかも知れません。然し、アルミと違ってマグネシューム合金では加工の段階で火を吹くという懸念が発生します。従って、高価です。よほどの事がない限り使用されません。まして戦後すぐのこと。もしマグネシューム製だとしたらかなり希有な事例です。然し、ツアイスなればこその選択かも知れません。多分間違いない筈です。大した度胸だと褒めるほかありませんね。
 (なお、現在はプラスチックボデイが広く採用されているので、更に軽い50mm双眼鏡がいくらでも出回っています。それで良いのか悪いのかの論評は別の機会に譲る事にしますが・・・・。)

 鏡体上のカバーには CARL ZEISS  JENA DEKAREM 10X50。下部には 2436601 この数字が刻印してあります。

 最大の問題点である「見え味」についてですが、以前行ったテストの記事でも申し上げたのですが、製品の優劣は、その製品が実際の使用に於いて、十分な機能を発揮出来るかどうかという事であり、それ以上の過剰な性能機能を付加する事は評価に決してプラスにはならない、と云う事で、その点から眺めてみて視界周辺の収差除去が完全でない点は、この製品の品質を云々する条件にはなりません。特に実視界7.1度のワイドです。従って、問題なしに立派な見え味を示していたと申しあげておきます。

 写真 右は日本製の同じ10X50 です。
 これは戦前の日本製。メーカーは 東京光学 です。東京光学は主に陸軍向けの光学製品を生産していました。50mmの双眼鏡は海軍がメインで使用していたのですが、陸軍でも勿論使っていた筈です。

 こちらの10X50はIFタイプ、つまり個別繰り出しによる合焦機構になっています。従ってピント調節用のクルマは付いていません。
 カバーの彫刻には MAGNA 10X50  TOKO  Field 7.1゜No.110039 とあります。

 前述のツアイスでも書きましたが、10倍で7.1度の実視界は珍しい機種です。然し、これも実測でちゃんと証明されましたので日本製もバカにならないと思いました。特に、こちらは戦前の製品ですからツアイスよりは前です。アッパレです。

 プリズムの材質はBAK4で高級硝材です。プリズムカバー付き、スロット無し、すべてツアイスと同じですが、こちらは戦前製ですからコーテイングはありません。
 プリズムを固定するのには「かしめ」方法を取っています。然しこれは当然の方法で あれこれ申し上げる事ではありません。
 気になった点としたら、鏡体の革張りが省略されていて全面黒の結晶塗りで仕上げられている点があります。戦時中では革張りに使う「革」が不足して止むを得ず塗装にしていた時代があったのです。(ビニールは勿論当時はまだ出ていません。)
 鏡体を塗装した関係で、金物と上下のカバーの間に革の厚み分の隙間が生じて、そこを埋めるべく「水防」と呼ばれていた「詰め物」を詰めてあります。水防はパラフインと煤(すす)を混ぜたモノで、このあと、戦後ビニールのシボが巻かれても長い間この業界では広く使用され続けられてきました。表向きは多少の防水効果があるという事で大いばりで使用されたのですが、実際は鏡体のダイカストとカバーのプレス材に常に寸法のズレが発生して、詰め物が絶対に必要だったのです。とは云え、両者の嵌め合いの寸法をシボの厚みを見込んでピッタリにするとカバーをかぶせる時にシボがめくれて入れ難いとの理由もありました。ちょっと情けない事情でしたね。(前述のツアイスでは無論使っていません。)

 日本発のこの「大発明」も、アメリカでは不評でした。白い手袋をはめた御婦人達の大切なその手袋がすぐに黒く汚れたからです。
 因に、現在では特別な事情がない限り水防を使う例はありません。あってもごく少量をお義理に入れ込んでいる程度です。小さな竹ベラを使っての作業自体が手間が食うのと 汚くて作業者に嫌われてしまったためです。水防作業は一種のゴマカシに近いものですから、金物の精度がアップするにつれ当然ながら姿を消していきました。

 接眼レンズはエルフレタイプ、3群5枚のワイド向けの構成です。

 50mmの双眼鏡の重さは、標準仕様では約1kgなのですが、戦前の製品ではプラスチックや塩ビが全く使われていないのに加えて、この製品はアルミ「ダイカスト」ではなく、アルミ「鋳物」のせいか、重量は1.2kgあります。重い、という感じがしますが これこそが本来の重量でした。手に持つと手ごたえ充分です。いかにもムカシというイメージがしました。



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