戦中の20倍120ミリ大型双眼鏡-A

 東京光学製の20倍120ミリ大型双眼鏡です。この現物に限らず、軍事用とは云えこの種の機種にはデザインやスタイルに対しては何の配慮もなく実用一点張りの作りに徹底しています。とにかく「武骨」です。機能本位とは別に「機能美」という言葉もあるのですからある程度は考えてもよいのでは思いますね。因みに、米軍では、戦闘機や空母に至るまで専門の工業デザイナーがタッチしていて、常に見栄えを考慮し美しく設計していると聞いた事がありました。当時の傑作は多分B-17やB-29の重爆機、レキシントンやサラトガ等の空母だったのでしょうか。イクサだから勝てばいいのだ、という単純な思想で済まそうとした大日本帝国には最初からそんな余裕もなかったのでしょう。情けない気持ちがします。

 さて今回の双眼鏡ですが----
 この種の機種には珍しく、対物枠は二重になっていて外側は引き出してフードになるようになっています。但し、現物では凹凸やキズがひどくて、折角のフードは引き出し不可能でした。又、対物レンズは最初3枚合わせのアポクロマートかと思ったのですが、どうやらそうではなく普通のアクロマート、F値は推定5で焦点距離600ミリです。接眼は多分エルフレ、視界3度、見かけ視界60度で、この種には普通の数値です。見え味は抜群です。レンズ内部の汚れやカビが目立ちますが、レンズを外すとなると専用のスパナや他の道具等新規に作る必要があるので今回はパスしました。

 接眼部は直進ヘリコイドで、回すと接眼レンズが上下します。組立て時にはヘリコイドがスムースに上下するよう手仕事が必要になる箇所です。かっての組立て名人が活躍した光景が目に浮かびます。うるさく命令されて音を上げた初心者組立工も大勢居た事でしょう。    

 小型のIF(個別繰り出し式)双眼鏡では直進ヘリコイドではなく、すべて回転ヘリコイドになるので、レンズの光軸がしっかり取れていれば組み付けは楽です。然し、大型となるとそうはいきません。熟練工が絶対に必要になります。大型ではこのヘリコイド組み付け以外にも手仕事が増え組立て調整は二乗に比例して困難になります。従って、量産となると手仕事が多い分小型よりは はるかに厳しく、何事もスカッとはいかず作りにくい製品であることは今も昔も変わっていない筈です。


 片方の接眼レンズは外してバラしたらしくストボケ(視界環がはっきりしない。)が見られました。但し修理は面倒なのでカットです。
プリズムのハウジング部もバラすと厄介な事になるので、これも手をつけていません。つまり分解調査は今回はナシです。
 入っている正立プリズムは大型のダハプリズムです。小型のダハプリズムは現在大量に利用されていますが、大型となるととんでもない価格になるので滅多に使う事はありません。戦時中であったからこそ惜しげも無く使われたのだと思います。

 銘板には「応用力学研究所」とありました。戦争も烈しくなるにつれメーカーも大手から中小に至るまであらゆる所へ広がっていったので現在では馴染みのない社名も出て来ます。応用力学研究所も東京光学の下請け会社で、その中の一例かと考えたのですが、この名はメーカー名ではなく使用者側の社名です。応用力学研究所はその後社名を一部変更して現在まで続いている会社ではないのかな、と思うのですがはっきりしません。

 この種の本体の機械加工で厄介なのは、鋳物で上がってきた本体に、どうやって二本の平行した穴とネジを切るか、そのあたりです。大型の正面旋盤でもあって、自由に使える工場ならいざ知らず、通常の旋盤では余程智恵を絞らないと出来ません。当時の中小工場で、どのような方法で機械加工をやったのか、その方法と使用した設備と機械を知りたい気がします。


接眼部まわり。機構、機能的には全く問題はありません。欲しいのはモノ作りとしてのデザインセンスだけ、と申しましょうか。

 これらの双眼鏡は大抵は頑丈な鉄のピラー(柱状のスタンド)に載せて使用されていました。なにせ重量は16キロ余りあります。木製三脚ではもたないのです。現物の対物側近くの両耳は大型のフオークマウントに取り付けるための取り付け穴だと思ったのですが、位置がおかしいのと、細工の形から、単なる運搬用の引っかけ穴だと思います。架台に乗せて組立てを完成させる時は左右の鏡筒の狭間にある2箇の穴を利用した筈です。従ってこの双眼鏡はフオークマウント同架式ではありません。


上の写真右 20倍120ミリ用のピラー式の架台(「ドイツの本」から)
フオークマウントの場合はこのような架台がベストになる。
(写真は潜水艦に設置されたもの)

 参考----上はドイツの130ミリ(今回の機種より大きい)。鏡筒は二本のパイプを繋ぐ設計にしてあるので、簡単に、それも軽く出来ます。デザインも軽やかで見栄えがします。これであれば130ミリであっても木製の三本三脚で大丈夫です。勿論、重々しいフオークマウントは不必要です。
 それにしても、なんとなくシャレてませんか?。(「ドイツの本」から)

 同じく「ドイツの本」から、160ミリのかなり大型の双眼鏡です。相当に凝った作りで、いかにもドイツ、といった感じがします。ただこの場合でも長い鏡筒を使わないように短くするために様々な工夫がされてあります。最も注目するのは、このクラスの大きさであれば我々のような中小メーカーが持っている旋盤やフライス盤等の通常の機械設備でも大抵は生産が出来るのではないかな、と思える事です。(但し、スタンドは出来ませんネ。)

 20倍120ミリを始め、このクラスの双眼鏡は最大250ミリに至るまで日本軍には多数用意されていました。然し、大小はあってもそのいずれも同じようなデザインで代わり映えしません。一方、ドイツの方は各種各様で形デザインもさまざまです。どちらがどうの、という判断は避けるとして、興味を引くのは当然ながらドイツの方です。但し、そう思っても現物にお目にかかれる機会は殆どありませんのでどうにもなりませんね。

 いろいろ比べているうちに日本製は本当にお粗末なデザインだったと残念に思います。然し、バカな息子ほど可愛いとはよくぞ云ったもので、今回の20倍120ミリはその分いつまでも印象が残る日本的なユニークな機種であったような気がします。



|続く|                         |戻る|