10倍80ミリ単眼鏡

 この単眼鏡は、そもそもが双眼鏡として生産されたものを単眼としても使用出来るように誰かが乱暴にも切断してしまったモノです。その分無骨な格好に変わり果てています。
 本来の製作は Emil・Busch,Rathenow ドイツ製です。戦争前に設計生産されました。
 もとは鏡筒箇所にスッポリ被るようにカバーが付いてあったと思われるのですが、現物には最初から付いていませんでした。対物フードも紛失したままです。又、倍率表示、メーカー名、製造ナンバー、その他の刻印は何もありません。それらはもう一方の片ワレにあったのだと思います。
 10倍80ミリの数値は実測から出した数値です。80ミリ径の対物レンズに10倍ではヒトミ径が8ミリとなりオーバーフローとなります。戦時中の日本製の双眼鏡にも多々見られた数値で、ドイツの本の中でその矛盾を指摘されている例を見ましたが、本家のドイツがそうなのですから別に問題になる数値ではありません。動きの早い目的物を追跡する場合やむを得ず取られた数値です。
 接眼レンズは5枚構成のエルフレタイプで、視界は多分70度。目をぐるっと回さないと視界が見切れません。迫力充分です。見えも確かです。この接眼レンズだけでも現在価格では相当の値打モノになりそうです。対物レンズは推定では F=5 位(F=4?)。最初は見え味から3枚構成のアポクロマートかな、とも思ったのですが、いくら軍需品とは云えそこまでカネはかけなかったろうと勝手に推測して、分解して確かめる事はしませんでした。通常の2枚アクロマートだと判断して間違いはないでしょう。

 因に、E・Busch,Rathenow の略称は CXN。この種の双眼鏡ではドイツ最大メーカーで、この双眼鏡の開発生産を始めた会社です。後日、同じ設計で dkl cro bpd eyg beh 計6社で数十万台生産されたと聞きます。
 なお、この単眼鏡は その中の dkl(シュナイダーの名で日本にも知られた高級メ−カ−)の製造と判断しました。

 双眼鏡を場合によっては単眼鏡にしたり又双眼鏡に戻したり、とは、乱暴に切断しなくともあらかじめそう設計生産するとしても簡単なように思えますが、そのような冒険を許す機種は皆無です。双眼での両レンズの光軸を揃える作業は高度の熟練を要する最大のキーポイントになっているからです。もし仮定としてもそのような双眼鏡があったとしたらとにかくアッパレと申し上げるほかありません。------とは云え、まあ、絶対に不可能でしょうね。

 この種の機種は切断したくなるようなDoppel Fernrohr(ダブル望遠鏡)呼ばれていました。何故ダブルなのか意味不明ですが、構造は「二重」と称するだけあって複雑機構です。然し、それだけに分解や調整のためにメンテナンスを容易にする必要があってか、構造のワリには作りはシンプルです。バラバラにしたい欲求に駆られる気持ちも十分理解出来るというものです。
 ともあれこの機種は分解してクリーニングがしやすいように要所々のネジは大きく簡単にバラせるような配慮がされてありました。
 −−−−という事で、接眼部を外してみたのが下記の写真です。50数ミリ幅の大形のダハプリズムがデンと装着してありました。軍事用として贅沢に使った筈でコストに煩い現在の株式会社でな到底真似の出来ない芸当?ですね。
 接眼部の左にあるノブはフイルター交換用で、交換は4種類、Klar(clear) Hell(bright) Mittel(middle) Dunkel(dark) との刻印が打たれてあります。赤とか青のフイルタ−内蔵の機種、パーセント表示、その他いろいろあったようですが、詳しくは不明です。下の右の写真はフイルターの回転部の構造をお見せするためのもの。別に特殊な構造ではありません。ただ、明るさの違うNDフイルターを4枚用意してどのような場面で使用したのかその目的が分かりません。かなり凝った作りでカネのかかる箇所だけに不思議です。
 フイルター部ボックスの右上に見えるボッチは、フイルターの交換がもう一方の片ワレに通じる連結用の部品が露出しているものです。
 部材一式は主としてアルミダイカストで出来ています。

 参考として・・・・
 下記はドイツの資料に載っていた同じ Emil(CXN) の20倍80ミリの機種です。基本的には同一の系列にあります。対物レンズはF=3.5 280mm とあるので鏡筒はかなり短くなっています。その分プリズムが大きくなってハウジングも巨大です(こうなると対物レンズ絶対に3枚レンズでしょうね。)接眼は5枚エルフレ、視界70度。凄い機種です。最敬礼するほかありません。CXNの刻印があるのでこの製品は前述 Emil の製品である事が分かります。(ここまではっきり大きく明示しなくとも、とも思いますがネ。)

 いずれにしても現在の日本にはまず存在しないこのようなタイプの製品が一番面白い製品です。とにかくこの種のモノはドイツに多いのは国民性によるものかどうか。上の10X80でも20X80でも、もしリバイバルさせたらこの業界ではアッと驚くでしょうね。10X80でも20X80でも正立で視界70度とあれば天体マニアにとっては垂涎の製品になるのは間違いありません。



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