スイス製の7倍50ミリ
設計にムリのある製品

  Made in Switzerlandで「KERN」と銘打ったこの双眼鏡の素性はいかなるものなのか、まず最初にスイスにメールを送って尋ねてみました。
 返ってきた返信は下記のようなものでした。

 Kern CO.Ltd.was founded towards the end of the 19 century.
The factory was located in Aarau.a small town with. today. approximately 80.000 people.

KERN was a very famous precision optical manufacturer of:
---- Tilting levels
----Theodolites
----Drawing instruments
----8mm+16mm interchangeablelenses(wide angle. Tele+Zoom)for.20 years ago.the warld famous moviecameras          Paillard-Bolex and Angeninux.
----35mm lenses for ALPA(also 20 years ago)
----Binoculars
----The produced a 8x24.6x30.8x30.10x40.7x50.10x50. all ZCF and were at that time a famous supplier of the Swiss-Army.

the company stopped every activity about 15 years ago.

上記を訳すると----

Kernは19世紀末に設立された。
工場は人口8万人でアウラーという小さな町にあった。
Kernは下記のような精密光学機器ではとても有名な会社。
 水準器 セオドライト(経緯儀) 製図器具 8ミリ+16ミリの交換レンズ(ワイド ズーム式)  35ミリレンズ 双眼鏡はすべてツアイス型で作っていた
スイス陸軍に供給する有名な会社だった。 会社は15年前操業を停止した。

 

 この会社の経歴を眺めると、この会社ではいろんな光学器械を作っていた事が分ります。特にボレックス等の高級な撮影機を作っていたのですから精密なメカの設計や製作には相当自信を持っていたに違いありません。

 さて、今回の双眼鏡を一目見て、真っ先に感じたのはこの製品は素晴らしいアイデアを持つ良い双眼鏡だ、という素直な実感でした。その素晴らしいアイデアという箇所は、転輪(テンリン---ピントを合わせるためのクルマの事)が通常の機種と違って、中心軸の手前ではなく後端に付いている点でした。
 7倍50ミリの双眼鏡とは大型の部類に入る機種で、このクラスになるとピント合わせは、両手で鏡体を持って右の手の人指し指、又は中指で、中心軸の同芯上にあるクルマを回して行うのを常としています。その回すクルマの位置は接眼レンズに近い方、つまり目に接近している場所に丁度よく来るように作られており、その限りにおいてはピント調整には全く不便を感じません。(不便なのか便利なのか、それ以外の構造を持つ7倍50ミリは無いのですから比較する事は出来なかったのですが---。)
 ところが、このKern7倍50ミリでのクルマの位置は、これまで見た事がなかった中心軸の後端に付いていたので、正直のところアッと驚きました。---上の写真を参照して下さい。黒ずんでちょっと分り難いかも知れませんが、クルマの位置を確かめて下さい。
 然し、単純な驚きはそこまでで、その後端のクルマでのピント合わせが実に快適なのに再び 大きく驚かされる事になったのです。人指し指を使わずに、中指と薬指で回す行為が何程か自然に感じられたか、これは実際にやってみた者以外は分らないでしょうが、本当にこの方が自然で滑らかにピント調整が出来るのです。思わずも最敬礼をしたほどです。

 然し、残念ながら賞賛はそこまででした。
 そんなに便利な設計ならば、何故、中心軸の後端にクルマを持って来た7倍50ミリ双眼鏡がこれまで登場しなかったかのか---すぐ湧いた疑問がそこでした。
 結局、このKern双眼鏡のピント調整の設計では理想的な人間工学を追求したあまり、付帯構造にかなり無理が出る設計になってしまっているのです。

 この双眼鏡では、ピントを合わせるに 左右両方の対物レンズ枠を、中心軸の後端に付いている転輪を回す事によって僅か上下に動かして行います。そのために、よく見ると中心軸にある転輪の箇所から左右の鏡体には「腕」を通して太さ1ミリ(推定値)ばかりのステンレス棒(?)が伸びていて対物レンズ枠に達しています。理屈は簡単で、遊園地で見るシーソーの原理(テコの原理)を使って、転輪のネジピッチ分が多少拡大されて対物枠に伝達されるようになっているわけです。理屈はそれでよいのですが、懸念は、転輪から伸びる棒の先端は対物枠にあけられた小さな穴に単に引っ掛かっているだけなので、これがまず問題になります。上下に動かすために棒は上へと下へと斜めになって穴に引っ掛かるので、厳密には単なる丸い穴に引っ掛けるだけではダメなのです。
 勿論 設計者は百も承知だったと思うので、その誤差をクリアーするために、棒の先端を出来るだけ細くして、対物枠の穴を可能な限り小さくした筈なのです。
 その結果どうなるか?。かなり重い50ミリ径の対物レンズを枠ごと、それも左右ピッタリと細い棒に託して同じ量だけ上下に動かすとなると、スムースに動くように鏡体と枠との間の勘合誤差を非常に厳しく設定しなければなりません。それが不十分だと、対物枠は片側に引っ掛けた棒によって上げ下げされるのですから、すぐせってしまってギギギと妙な具合にガリガリと左右別々に動いてピント合わせが不可能になってしまいます。細い棒を介して動かすには、枠付きの50ミリ対物レンズは余りにも重いのです。
 
それを防ぐための油には相当に苦労した筈です。然し、いかに優秀な油を使ったところで、油の寿命は流れ出す事を考慮に入れれば無限ではありません。この双眼鏡は早晩ダメになる宿命を背負って世に出されたのです。

 更に、この双眼鏡では、左右に鏡体を折り曲げるようにして眼幅調整をする場合、転輪から左右に伸びる棒の箇所のカラクリのため抵抗感が発生してググッと動きスムースにいきません。これも使い勝手の悪さになっています。

 現在は、小型の双眼鏡(つまり、対物レンズ枠が小さい場合)では、後端に転輪を持ってくる機種はいくらでもあります。その場合は、対物部を可能な限り軽くする工夫をして、なおかつ、構造が複雑になるテコの原理を使わず、左右を枠ごとネジのピッチ分だけ上下する構造を採用して解決しています。

 思うに----
 KERN社が、もし双眼鏡だけを作っていた会社であったなら、大型双眼鏡に新機軸のカラクリを採用する事はなかったと思われます。双眼鏡だけの設計者であれば、最初から問題を含む設計はしなかった筈です。幸か不幸か、KERN 社は複雑なメカニズムを必要とする撮影機なども手掛けていました。単純な双眼鏡にカラクリを導入して付加価値を上げようとする思惑が湧き上がったと考えても不思議ではありません。然し、得意のカラクリであった筈のその得意ワザが致命傷になってしまい自ら墓穴を掘る事に繋がったと思うのです。

 そんな目で見ると、この双眼鏡はツアイスタイプなのかボシュロムタイプなのか分らないような中途半端なデザインで仕上げられています。  このあたりにも奇を衒った多少の思い上がり(?)が見え隠れしてしまいます。



|続く|                            |戻る|