キャノンの6倍30ミリ双眼鏡
-----
まともすぎます----

双眼鏡もそうですが、革紐に時代を感じます。

 このキャノンの双眼鏡はツアイスタイプではなくてボシュロムタイプです。本体部と対物部が継ぎ目なしに出来ているのがボシュロムタイプで、対物筒が本体部に捩じ込んであるのがツアイスタイプです。優劣は別にありません。ボシュロムではワイドが作り易く、又、防水型にも適しています。ただ、その分価格が多少高いのが通例です。

 今回のこの製品はボシュロムタイプですが、別にワイド仕様でもなく防水型でもありません。いたって普通の仕様です。
 左のカバーには CANON CAMERA CO,INC (赤文字で )COATEDDO 14578 右のカバーには(キャノンの書体で)CANON 6X30
 (赤文字で)420ft.at 1000yds と、以上、機械彫刻で刻印されてあありました。ボデイ下には当時製造に必要だった登録番号としてJB104 及びJE46 と刻印されてあります。(これらは製造登録番号なのでメ−カ−名とは必ずしも一致していない場合がありますが、業界用語ですから一般向けには関係のない数字記号です。)中心軸の下のキャップ(業界用語で云えば「下陣」)にはjapan と打たれてあります。視界表示がヤードである点、更にじjapanの表示が明示されている事から輸出向けにウエイトを置いた製品だったようです。日本人には双眼鏡を買う余裕はまだ充分でなかった時代ですから当然だったと云うべきでしょう。生産されたのは昭和40年前後だと推測されます。

 このキャノン双眼鏡には問題点はありません。古い製品でありながら狂いは全く見当たりませんでした。プリズムはBAK-4の高級硝材を使っています。コーテイングはマゼンタ。多分理想的な厚さで仕上がっていると思われます。機軸の動き、回転部の滑らかさ、そして見え味、何を取っても欠点はありません。何でもいいからケチのひとつも....と眺めたのですが何も見当たりません。完璧です。

 強いて申し上げれば、大メーカーであるにも拘わらず、オリジナリテイが何もない事が不思議です。形としては全くありきたりの双眼鏡なのです。標準品を地で行っているような、何の特徴もない製品です。つまり、博物館としては、これでは面白くない----となった次第でした。
 (まことに申し訳ありません。)

 参考
簡単な業界用語をご披露しておきます。
行の左は本来の名称。右が一般的に使用されている業界呼称。

●接眼レンズのアイレンズ---元玉。 7倍50に使われる場合は7モト 8倍30用では8モト。
●接眼レンズのフイールドレンズ---開き玉。 叉は単に 開き。 機種によって 7ヒラ 8ヒラ 等々。
●エルフレ等の中に位置するレンズ---中玉。
●ケルナータイプ接眼レンズ---3枚玉セツガン。エルフレは5枚玉セツガン。となります。3枚セツガンにはアイリリーフを長くしたケーニッヒタイプもありますが、これは「そんなセツガンだ」と 云った程度で呼び方は別になさそうです。この業界ではケルナーとかエルフレとかケーニッヒとか呼ぶとあまり好感は持たれませんね。
●視野絞り---ストッパ。(ストッパの方が耳で聞くのに間違いが入りにくいためと思われます。)
●射出瞳孔径---これはヒトミで通ります。
●対物等のアクロマートレンズ---合わせ玉。 8倍30ミリでは ハチサン対物 7倍では ナナバイ対物 等々。フランホーウエル式とかの呼び名は絶対出て来ません。アポクロマチック対物レンズ、これも現物がないせもありますが当然ながら出ません。(横文字呼称は敬遠されるケースが多いためもあるでしょうが、アポクロが仮に出現すれば三枚玉対物レンズとなる筈です。)
●プリズム---単に ピー と呼んでいますね。呼び易いためです。上に位置するプリズムは ジョーピー。下の方は カホーです。機種によって ハチピー ナナピー。等々。BK-7はビーシチ。BAK-4 の場合はビーヨンと呼んでいます。
●凸レンズ---トツ。凹レンズはキンガンと呼びます。オウレンズとは絶対に呼びません。
●昇降軸---メッキ軸。
●中心軸の上の眼巾を表示してあるキャップ---上陣笠(略してウワジン)。
●中心軸の下にあるキャップ----シタジン。
●(以下省略..・・・・・。)

 キリがありませんのでこのへんまでにしておきますが、これらはごく一般的な呼び名ですからメーカーによって違っている場合もあります。
 業界用語は慣習から自然発生して来るのでしょうが、横文字単語の多い業界だけに日本語に変換し、それも「音読み」は少なく「訓読み」が多いのに気がつきます。現場で言葉として飛び交うので音読みはどうしても避けるようになるのは自然の道理でしょう。凸はトツでありながら、一方の凹はオウ(母音で音読み)とは呼ばずわざわざキンガンと別の名詞に変えて、呼びやすくして呼んでいるのはその典型例です。この場合は訓読みではありませんが音読みでも子音なので正確に伝わります。この場合のキンガンには誤使用は許されません。従って絶対条件となって定着しています。凹=キンガン これが業界言葉の掟になっています。
 これらの使い方はいろんな業界に於いても普遍的なセオリーになっていると考えてよいでしょう。

 面白いと思うのは製品の組み立て調整が済んで、拭き上げやら袋つめやら内装一般の作業を行う場合「武装する」という言葉を使う事です。現在でもそう呼んでいるメーカーもまだあると思います。軍需産業だった頃の名残りでしょうか。
残照言葉ですね。

 一方、天体望遠鏡関係の仕事場では、いきなり横文字そのままの言葉が飛び交います。市場の量的な問題、歴史の関係、いろいろあると思われますが、日本語に変換しにくい横文字が多い事、小数精鋭の現場が多い事、機材そのものが観測機器に根ざしている事情、戦後に発達した業界である事、等々・・・・それらの理由があると考えられますね。



.                               
 |戻る|