一級品で駄作?の6倍25ミリ

ボシュロム社のミクロンタイプの双眼鏡

 ボシュロム(BAUSCH&LOMB)は1800年にアメリカに創立された高級光学機器メーカーです。創立したのは二人のドイツ移民ジョン・J・ボシュとヘンリー・ロム、場所はニューヨーク州ロチェスターでした。
 生産された光学機器は多方面にわたり、有名なものとしては世界的だと評価されたシネマスコープ用映写レンズ、それに現在に至るも王者の地位を占めている眼鏡レンズがあります。勿論、双眼鏡も忘れてはならない製品で、ビクセンでは数機種ですが正規のカタログ商品として継続して取り扱っています。

 但し、現在の双眼鏡の業界では、ボシュロム社が作ったボシュロム双眼鏡、としての知名度よりも、その内部構造による「ボシュロムタイプ」という独特のジャンルで特によく知られています。

 それはどのような構造か?。まず、参考のためにその他の双眼鏡の構造を含めて列記してみますと下記のようになります。

◎ボシュロムタイプの双眼鏡---あらかじめ直角に組み込んだプリズムが独立した台座に固定されてあり、それをその台座ごと鏡体に挿入し、接眼レンズの側からドライバーなどで動かして調整し固定する方法です。

◎オペラグラス---中心軸が固定されていて曲がらない機種では、軸出しも簡単で両方の接眼レンズをそれぞれ三方から小さなビスで直接レンズを押して調整するようになっています。

◎ツアイスタイプの双眼鏡---対物レンズを装着してある対物枠(鏡室)の外側が偏芯(エキセントリック)になっていて、それを更に偏芯したリングを介して回す事で、微妙な範囲で対物レンズの位置を動かす事が出来るようになっています。但し、構造が厄介になるということで現在では余り見かけなくなってきました。

◎ダハプリズムタイプ---中心軸が二本ある小型で折り畳み式の双眼鏡が主です。この場合は鏡体の外からプリズムをドライバーなどで動かして調整するようになっています。

◎もっともポピュラーな調整方法---機種いかんに拘わらず、プリズムを台座や鏡体の内側などに然るべく接着したあと鏡体の外側からドライバーなどで、プリズムを傾ける事で調整する方法です。接着剤の進歩で昔では考えられない方法が可能になってきました。

 ただ、傾ける事自体は収差を増大させる方向に向かうので、プリズムを極端に大きく傾けた双眼鏡の見え味は当然ながら落ちます。粗悪品の典型がこれらに該当します。

 現在、ボシュロム社の双眼鏡がすべてボシュロムタイプで生産されているわけではありません。ツアイスタイプ等も勿論作られています。又、逆に、他社がボシュロムタイプを生産しているケースも当然あります。

 今回取り上げるのは、ボシュロム社が作ったボシュロムタイプ以外の双眼鏡です。
(ボシュロム社が作るのはボシュロムタイプだけだとの認識は正しくありません。重ねて申し上げておきます。)

 最初にこの双眼鏡を見た時は、対物レンズ枠が簡単な作りで小さく見えたので、光軸調整のためのエキセンリングを省いたボシュロムタイプのボシュロムの双眼鏡だ、と、単純に考えたのですが、意外や意外、コトの真偽を確かめるために結構悩まされました。

 調べてみると、内部構造はミクロンタイプの構造だと分りました。
(ミクロンタイプについて詳しくは当「博物館」内の「プリンス光学のミクロンタイプ双眼鏡」をご覧下さい。)

 
参考までに、通常の双眼鏡とミクロンタイプ双眼鏡でのプリズムセット方式の違いは下記のようになります。

 通常の双眼鏡のプリズムでは二つのプリズムを直角に向い合わせ90度になるようにセットして固定しますが、ミクロン型の場合は、直角にセットしてなおかつ光軸を合わせるためにそれぞれのプリズムが左右にスライド出来るように装着しなければなりません。スライドは左右4個のプリズムを合計8個の微少ビスで「押し引き」を繰り返す事で行います。
 その作業には文字どおり長い訓練を経た名人芸を必要としました。
 ミクロンタイプの双眼鏡は主として小型の機種に多いタイプです。小型ではプリズムの押し引きがそれなりに無理がなく出来るという理由からだと思われます、が、ミクロンタイプではプリズムに先の鋭い剣先のビスがキッチリと押し当てられたままで完成されています。それも4個のプリズムに各2本ずつ計8本のビスが突き刺さって??いるのです。考えようによっては恐ろしい状況で完成されているのですよ。然し、ミクロンタイプでは軽い小型であるからこそ許される方式だと思うのですが、これが通常のツアイスタイプ的なやや大型の機種の場合は状況が違ってきます。重い分だけプリズムに加わっている圧力はバカにならない大きさになっている筈です。それは、つまるところショックには非常に弱いという決定的な弱点を持っているという事でもあって、何かの拍子で落としたらオワリです。場合によっては4個のプリズムが全滅する場合も出てきます。

 今回のこの双眼鏡では、どうしてそんな不安定な方式を選んだのかーーー分かりませんね。どうしてなのか、本当にその意図が計り知れません。他社がやっていない方式だから選んだのだ、とすれば、いかにも安直です。設計のポリシーが軽すぎます。絶対に同意出来ませんね。

 左のカバーには丸い二重の円が刻印されてあり、外側には VICTORY STEREO 6POWAER.  中の円には25mmAPERT 
 右のカバーには同じ二重の円の 外側には BAUSCH&LOMB OPTICAL CO ROCHESTER NY  中の円には USA とあります。

 

 このミクロンタイプ方式である事を除いては、決定的な問題はありません。接眼筒が長めなのが気になりますが、これは、押し引きをやるために余裕をみてプリズムを大きくした事で対物レンズの焦点距離が長くなり、それにつれて倍率を6倍にするためにこれも長めのケルナー式接眼レンズを使用せざるを得なかった---との、予想外の事情が発生したためと考えられます。(どうしてそんな変な結果をOKとしたのかなあ--、決定的な問題ではないにしろ、妙な設計です。)
 因に、この双眼鏡の重量は約800グラム(これとて予想以上の重さに唖然としたのではないかな?)。現在の25ミリ系統の双眼鏡の平均的な重量は300グラム前後です。鋳物で作られたこの双眼鏡がいかに重いかお分かりと思います。とにかく、これでは重すぎてホントに落としたら一巻のオワリなのですよ。

 レンズはすべてコーテイング済みです。従って、それ程古い製品ではありません。戦後間もなくの頃の製品です。プリズムの硝材はBAK4で高級品を使っていました。組立てもしっかりしています。
 写真の右接眼筒の下、カバーの上に白く斜め下に走るごく小さなキズのような跡がありますが、実物をよく見ると左右にあって、接眼筒が上下に動く際のガタ止めのためのカシメ跡だと分ります。これなどは組立ての極意の範疇に入るワザです。凄いワザです。
 その他、随所に極意の跡を見る事が出来ました。

 
 この双眼鏡は紛れも無く高級品です。然し、それとウラハラに、この双眼鏡はいろんな小さな問題点やら決定的な弱点を持った稀に見る「駄作??」だと判断しました。反面、こんなトンチンカンな面白い双眼鏡を拝見する事が出来てマコトに結構な事だと申し上げておきます。

 



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