ツアイス 6倍24ミリ双眼鏡
ツアイスの双眼鏡はこれまでかなりの数を取り上げてきましたが、いずれもが風格があり威厳を備えている感じがして見るだけでも楽しいものです。今回もそうでした。これらの双眼鏡は資料によると1900年の初め頃から登場して来るのですが(日本では明治の終わり頃から大正にかけて)その頃の日本ではまだ工業力が充分ではなかったので、日本軍では双眼鏡を含めあらゆる光学機器すべてを輸入品に頼ってた時代でした。
-----それにしても、この6x24は惚れ々する双眼鏡です。「偕行社」の項でも書きましたが、6x24は日本人にぴったりのサイズなので、特に日本では好まれたタイプだったようです。
この双眼鏡を見るにつけ、その後のスタイルの原形になった機種であることがはっきりと分ります。いわばこのスタイルをもって双眼鏡は完成の域に達したと思ってよいでしょう。
この現物に付いている接眼キャップは最近のもので当初からのキャップではありません。それ以外はすべて当時のものです。
本体中央から下に垂れ下がっている革製のタレは何のためのものか目下のところ不明です。分れば「なあんだ、そうか・・・」で済むのでしょうが、分らないので少しばかり癪のタネです。ケースに関係あるのかな、とか想像をめぐらしているところですがホントに分りません。この時代の機種には大抵ついています。ただ、その後、時代が下がるについて消滅していますのでそれ程重要な役目を果たしたモノではなさそうです。
この製品が最初に世に出て100年近く経っているのですが、この現物は今大戦中にスイスの軍隊で使用された、とあります。従ってこの現品に関する限り100年は経っていません。然し、途中何度か修理に出されたのか、使用感は100パーセント完璧です。何の問題点もありません。レンズもきれいなのは保存もかなり良かったせいもあったのでしょうか。ただ、現実に戦争で使われたであろう事は、カバーの刻印が殆ど消えかかっている事などから容易に推測されます。すり切れているのです。カール・ツアイスの文字もやっとこさ判読できる状態でした。その他、塗装もかなり剥げ落ちて地のアルミがムキ出しになっています。当時は塗装の下処理としてのアルマイト処理がまだ出来ない時代だったのでしょう。
カバーの「表面の剥げ」だけが大きい感じがします。
------それにしてもカバーの刻印だけが意図的に削り取られたフシがあります。ツアイスに怨みを持つ(?)敵側だったスイスの誰かがサンドペーパーでゴシゴシやったかどうかですが・・・。確かに、カバーだけが白くなっているのはおかしいし、下カバーも半分くらい白くなっているのは上カバーへの疑惑をキャンセルさせるためわざわざ擦り落としたのではないか-----と、こうなるとミステリーになってしまい製品解釈の枠をはみ出してしまうので深入りは避けますがちょっと異様な感じがしました。
そんな目で改めて見ると、接眼外筒が白く剥げているのもおかしい反面、逆に、対物キャップだけが黒塗装健在でピカピカ、と、これもおかしいではありませんか?。
「ドイツの本」に載っている同形機。ドイツの本には6x24の姿は意外に少ないのに気がつきます。むしろ日本に多い機種のようですが、これは単に手の大きさからの理由だと思われます。上の写真は共に6x24で、左がツアイスで、今回取り上げた機種と全く同じです。右はメーカーブランドが異なるだけで設計は同一です。
カバーのへりの塗装は剥げ落ちていますが表面はきれいで刻印もはっきり読めます。ミステリーは発生していませんね。
同じ「ドイツの本」に載っていた断面図(但し、これは6x24ではなく8x30ですが、内部の構造は両者共殆ど同じです。)面白いのは中心軸の底についているツマミです。これは眼幅を調節したあと固定するためのツマミで、軽く捩っただけでキュッと利きます。その時代の製品には殆ど付いていますが、それほどの利便性がないので後年省略され今日に至っています。従って、このツマミが付いている機種は相当に古い製品だと考えてよいかと思います。
この断面図で分る事に、対物レンズ及び接眼レンズ下についている遮光筒です。余分な光が内部に散乱しないように明瞭に区分けするべくキチンと装着されている点です。昔の双眼鏡には内外を問わずこの遮光筒が入っていましたが、現在では申し訳けに、小さな、まるで痕跡のような筒がついているだけです。効果を懸念して付けているというよりはオマケといった感じです。
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参考----現在の双眼鏡
ビクセンOEM製品
7〜16x25mm (ズーム)Malti coated optics
現在の代表的な双眼鏡を簡単に取り上げてみます。
この小型のズーム双眼鏡はかなりの高級品です。数年来ビクセンの看板商品として大量に出荷された正真正銘のヒット商品です。ただ、生産を依頼したメーカーはこの双眼鏡を最後に惜しまれて廃業を決意した老舗(しにせ)でした。従って、もう二度と出ない文字通り「博物館」入りとしておかしくない「お宝」になった双眼鏡です。
100年前のツアイス時代の外観とはすっかり変わってしまいました。外観もそうなら使用する部材の材質、複雑なレンズ構成、調整方法、更にケースに至るまで何もかも往年とは違ってしまっています。この現象は双眼鏡に限らず、カメラ、顕微鏡、その他あらゆる工業製品に共通した現象ですからここで取り上げて論ずるまでもありません。とにかく、6x24のツアイスの双眼鏡と比較してみると100年前頃から急速に伸びた世界の工業製品の発展がここに於いてもはっきりと理解出来ます。
---これから100年後、これらの機器の姿はどう変わっていくのでしょうか?。
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※ ツアイス6x24 双眼鏡に付いているタレ(ベロ)についてドイツに問い合わせて見たところ、以下のような返事が届きました。
このベロは洋服のボタンに引っ掛けて固定するためのものでした。
------- for the function of a leather
tangue on old German binoculars.
This tangue is used to connect the binoculars to a button of
the uniform jacket. When fixed this way the binoculars were prevented
from swing back and forth during walking, running or riding.
I received this explanation by Prof.Seeger from Hamburg.--------
※ 更に、ビジターからもメールが届いています。ここでもベロの利用法について書かれてあります。(メール有り難うございました。)
●はじめまして、猫洞と申します。
ビクセン光学博物館はじめ、ビクセン情報のページはいつも興味深く拝見してい
ます。
さてツアイス6x24の真ん中についている革のベロですが、
記事中では用途不明とかかれていましたが、これは軍服のボタンに止めて
ぶらぶらしないようにするための物と思っています。
記事中に写真の出ているSeeger博士の著書の95頁の説明図の10にも
かかれているので、今回間違いないだろうとメイルいたしました。
小生も日本の古い双眼鏡などの光学機器に興味を持って集めているのですが、
なかなか資料がないのがこまりものです。
ご存じの日本の光学工業史のコピーと日本光学75年史ぐらいしかてもとに
ありません。
こうして本職のビクセンの方がいろいろ集めておられるのは心強い限りです。
これからも参考にさせていただきます。
まだ双眼鏡関係はあまり充実していませんが、私のホームページにも
ぜひお立ちよりください。
http://www.cameraguild.co.jp/nekosan/
猫洞拝 2001・8・27