ロス・ロンドンのオペラグラス
5倍52ミリ
ロス・ロンドンと云えば古い顕微鏡の会社と考えていましたが、オペラグラスも作っていたとは知りませんでした。
ロス・ロンドンは調べてみると1830年Andrew Rossによって顕微鏡を主として創設された会社と分かりました。生産されたのは勿論顕微鏡が主体でしたが、その他、多数の双眼鏡、地上望遠鏡も生産していたようです。
ロス・ロンドンは現在どうなっているのか?。Pyserなる会社として存在しているとか、違うとか、諸説がありますが、目下のところははっきり分かりません。イギリスにPyserという光学器専門の販売会社があり、その会社の指示で当社ビクセン双眼鏡に
Ross・London のブランドを入れて納入した実績があるので、多分そうではなかろうか、と云った程度の憶測で終わっています。
参考までに 18882 年製のロスの顕微鏡の写真を載せてみました。なかなかのモノでその美しさは現代に通じるセンスを感じます。
今回取り上げたオペラグラスは推測では1900年前後の製品だと判断しました。この製品に酷似しているオペラグラスとして「博物館」内に「オペラ-D」として載せたフオクトレンダーの5倍50ミリがあります。ただ、今回のオペラの方はそれよりもやや大型で重量もかなり重く、外観としては似ていても中身は違っているような感じでした。最初に気が付いたのはとにかく重い----この点でした。900gあります。現在の7倍50ミリとほぼ同じ。ピント位置での高さも大体同じで、加えてこちらの方は伸縮式のフードがあるので、一杯の伸した状態ではなんと215ミリ、となります。フオクトレンダーの方がピント位置で135ミリですからかなり大袈裟なスタイルと言えます。
両接眼レンズ部の縁に 同じ形で ROSS LONDONと刻印されてあるだけで、その他の表示は何もありません。倍率は実測です。対物フードに当時の所有者の名前が削り取られた形で記されてあります。名前は「鈴木豊吉」。yahoo-japanでの検索では、海軍兵学校25期、明治30年12月18日卒業、とありました。多分、ご本人かと思います。階級は大佐です。然し、このオペラグラスは軍よりの支給品ではなく、大佐個人の所有物だったと思われるのですが?・・・どうだったのでしょうか。海軍では最初からプリズム式双眼鏡を使用していたと考えられるからです。
まず、見え味はどうか?。問題はありませんが、内部のツヤ消しが不足していて、明るい視界まわりが暗黒状には見えずハロー状のかぶりが出ます。クリアーではありません。
接眼レンズ、対物レンズ共々簡単に分解出来る作りになっていました。接眼レンズは2枚合わせ。対物レンズはアクロマートです。一面にコートが施されてありましたが、これは戦後に別途付けられた筈のものです。当初からコートをして完成させる場合はレンズの扱いも簡単なのですが、既に出来上がっているレンズをバラしてやるとなるとちょっと違ってきます。まず張り合せの対物レンズに合いマークを付け、熱をかけてバルサムを融かして分離し、洗滌してコートの釜に入れるのですが、結構大変な仕事になったと思われます。
コートが完成した後は、合いマークを頼りに再度バルサムで張り合せ、まわりを墨塗りで黒くし、製品別に区別するためか、ここではケガキで数字が記されてあります。
このオペラグラスでは、その当時のすべてに云えた事ですが、光軸を調整するための特別の装置が見られません。従って、調整は現物合わせで、ツマヨージ?等を使ってレンズを回す、とか、その程度の原始的な方法でやられていたとしか考えられません。その分、一度外したあとの狂いを予想して合いマークなどの記入は絶対条件だったと思います。然し、それだけに、現物合わせにはかなり気を使った筈で、この場合も一度外して元に戻しても光軸の狂いは殆ど出ませんでした。アッパレなものです。
金物関係にはこれぞと云った問題点は見当たりません。当時の板金とプレスの仕上がりは現在では考えられないような高度な出来です。中央にある転輪の回転も実にスムースです。対物部のフードの内側にはラシャが貼ってあって、この貼り方なども丁寧で全く問題はありません。ボデイの皮張りはどのようにして張ったのか、手作業によると想像出来ますが、これも問題なしにきちんと張られてあります。
接眼部まわりの写真です。遮光のためのハーフ・フードがついています。真鍮プレス製で、うまく出来ています。内側に倒せば平になって邪魔になりません。使用する時は外側に倒します。接眼部の外側には受けのためのボッチがついてあるので、パッチンと収まりました。
この種のカラクリはこの時代の製品によく見られました。製品に独自性を持たせるための苦心の作と云っていいでしょう。然し、その分絶対必要な装置でもないので後世まで残ったのは殆ど見受けられませんね。
対物部には立派なフードがついています。このような場合の工作では、どれだけしっくり作るか、と云う事ではなくして、両方が全く同じようにスムースに出し入れ出来るか、そこに力点が置かれます。現品は勿論問題なしに仕上がっていました。
然し、この豪華なフードも、あれば便利、と云った範囲のもので、現在の製品には滅多に見られません。
全般的に見ると、このオペラグラスは、最初に載せた顕微鏡のイメージとはかなり違った印象を受けます。顕微鏡とオペラグラスは使用目的も全く違うので、デザインも違って当たり前だと思いますが、それにしてもロス.ロンドンとしての統一された製品イメージがありません。結局、顕微鏡メーカーであるロス・ロンドンが、どこかの双眼鏡メーカーから完成品で仕入れて販売していた、と考えた方が理屈に合っています。それで悪いという事にはなりませんが、現代と違ってメーカーにこだわる消費者も居たと思われるので、いかがなものかと思った次第でした。